海外経済

人々の予想を形成するのは何か:ロバート・シラー
2019年11月11日

ロバート・シラー教授が、経済学や金融の世界の変化を指摘し、その流れは変わらないと予想した。


「それまではマイクロ・フィルムだった。
図書館に行ってフィルムのリールを借り出し、フィルム・リーダーにセットして読んでいた。」

シラー教授がダブルライン・キャピタルのポッド・キャストで、今のように新聞等がデジタル化される前の調べものの様子を懐かしんだ。

シラー教授は、とにかくファクトを重んじる。
新聞ほかのメディア等の情報はもちろん、株価も地価も時系列で比較可能なように調べあげる。
投資家信頼感指数のようなサーベイまで主導する。
こうした取り組みはとても骨の折れるものだ。
地道な努力も認められて2013年のノーベル賞受賞となったのだ。

例えば、有名なシラーCAPEレシオ1つとってもそう簡単な話ではない。
これはS&P 500についてCAPEを計算したものだが、データは実に150年前まで遡れる。
ここで気づかないといけない。
S&P 500は150年前には存在しないことを。
教授は150年間比較できる形で株価(と配当)の時系列を接続しているのだ。

こうした調査魔はシラー教授の嗜好でもあるようだ。

「私は今でもそこに戻って、100年前とかのすべての新聞を読むのが好きだ。
毎日100年前の同じ月・同じ日の新聞を読んでいると、そこに感情移入したような感じになる。」

シラー教授は、その営みからどんなことがわかるのかと尋ねられるとドキリとする返事を返している。

現在の人々と極めてよく似た状況なんだ。
・・・
でも、当時の新聞を読むと、今朝はこんなニュースがあったよと妻に言いそうになる。
でも、それは100年前の記事だったと思いとどまるんだ。

まずドキリとするのは、100年前と今で人間が大して変わっていないという観察。
そうか、私たちの考え・社会はそう変わるものではないのか。
そして、それよりドキリとするのが100年前という時期。
100年前の米国は《狂騒の1920年代》とその後の大恐慌を迎えつつある時代だ。

シラー教授は、経済学が歴史を軽視してきたとし、もっと歴史に目を向けるべきという。

経済史は今日大きな分野ではないが、そうあるべきだ。
結局のところ将来何が起きるかについての私たちの直観は、過去の出来事を読んで形成されるものだからだ。
それは必ずしも誰かの素敵な理論とは合致しない。

シラー教授は、経済学が従来のように、合理的な経済主体からなる経済モデルを研究するのも重要なことだという。
しかし、そこからわかるのは、全員が合理的な場合に経済に起こることにすぎない。
教授はそれがスタート地点にすぎないという。

「世界は複雑で、人々はあなたを驚かせるような奇妙な動機を持っている。
戦争を始めたい人がいる。
いったいどうして戦争なんて始めたいんだ。」

現実の世界では、ほとんどの経済主体が完全に合理的とはいえず、しかもそうした考え・行動が時間とともに変化さえ起こす。
経済理論にしたがって政策を立案しても、期待通りの結果を残せないのも当然だ。

シラー教授は2016年、米経済学会の長を務めた。
就任会見では、経済学者への批判も交え、思うことを話したのだという。

「ブーイングを浴びるのではと怯えていたんだ。
彼らが分析においてナラティブを省いていることを少し批判したからね。
でも拍手してくれたし、いつも好意的だった。
陰で何と言われていたかは知らないけど。」

シラー教授は、経済学が遂げるべき変化に自信満々だ。
そして、その対象は投資家にも向いているように聞こえる。

実際に経済学と金融の職業は両方とも変化しつつある。
より地に足のついたものになりつつある。


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