リチャード・セイラー:人間を扱う経済学

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今年のノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー シカゴ大学教授が、ノーベル賞受賞の晩餐会で挨拶した。
チクリとやったり、前向きな提言をしたり、短いが魅力的な内容だ。


私がここにいるのは何を発見したためでしょう。
私は、人間生活の中で経済学者が存在しないと考えていた存在を発見したのです:
それは、経済です。

セイラー教授はノーベル賞授賞式後の晩餐会での挨拶でこう語った。
なんと魅力的かつ辛辣なコメントであろう。
経済学者は彼らの経済学の登場人物であるはずの人たちと日常的に接している。
しかし、セイラー教授など行動経済学者が扱うような人間の営みを見逃してきたのだ。
いや、見逃したのではなかろう。
彼らには感受性が備わっていなかった、または、意図して無視してきたのである。


「経済学者のディナー・パーティーでは、経済学者らが配偶者・学部長・学生・政治家さらにはノーベル経済学賞選考委員会メンバーの経済学的に間違った選択を嘲っているのをよく見かける。
しかし、こうした間違った意思決定が、彼らの経済理論に織り込まれることはなかった。」

経済学者はその経済モデルに生身の人間を織り込むことを拒み、かわりに全知全能のロボット「homo economicus」を織り込んできたとセイラー教授は指摘する。
教授は、決して伝統的な経済理論が不要というのではない。
そこに社会科学的知見を加え、登場人物をロボットから人間に置き換えなければならないと言っているのだ。

セイラー教授の業績で有名なのはnudgeという言葉。
nag(ガミガミ言う)するのではなくnudge(肘で突いて促す)することで事がスムーズに前に進むのだという。
世界の重大事(気候変動、医療、高齢化、貧困、外国人排斥、平和の危機)はいずれも(ロボットの所業ではなく)人間の行いだ。
そこでナッジを役立てなければいけないと教授は言う。
ナッジをうまく使うことで、人類を正しい方向に向かわせようと提案している。

セイラー教授は挨拶を座右の銘で終えている。

「単純なアイデアだが重要なアイデアだ。
だって人間だもの。」


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