リカルドは憎いが・・・:浜田宏一教授

内閣官房参与 浜田宏一 イェール大学教授が、現代貨幣理論(MMT)についてコメントしている。
MMTにはインフレ昂進のリスクに対する安全策が欠けているという。


日本の財務省は消費増税を推進する際に、大衆の心理に『リカードの均衡』の概念を植え付けた:
人々は今得たものすべてが将来増税で打ち消されてしまうと考えるため、政府は財源のない財政支出によって消費者の需要を刺激することができない。

浜田教授がProject Syndicateで、もはやお家芸となった陰謀論をぶっている。
教授はかねてから増税によって経済成長が阻害されることについて懸念してきた。
10月の増税が確定ならば、十分な財政刺激策を講じるべきと主張している。
それは1つ多くの人が共有する考えだろう。

そうした考えの浜田教授からすれば、財務省の財政再建へのこだわりは《陰謀》のように見えるのかもしれない。
もっとも、だから財務省を悪く言うのもどうだろう。
国の財布を管理する財務省が財政再建にこだわりをもたなくなったなら、この国はまさに終わりだ。
ただただ、それぞれの人や組織が持ち場の責務を守っているだけなのだ。

さて、浜田教授の今回のターゲットは財務省ではない。
しばらく前に米国で吹き荒れたMMTの話だ。
教授は、MMTの1つの利点を挙げている。

MMTはこの厳格なリカーディアン的信仰に挑み、財政赤字による財政支出の可能性に目を向けさせ、ターゲットを決めた社会的支出により雇用を促進することができる。

つまり、財源なくしては一文たりとも財政支出は増やさないというような理不尽な財政運営を回避できる可能性があるという主張だ。
財政拡大の必要を説きながらも「targeted」(ターゲットを決めた)とするところにワイズ・スペンディングへの配慮が感じられる。

米国におけるMMT論者は、日本においてMMTが実績を挙げていると主張する。
日本で長らくインフレが起こらないことを挙げてインフレのリスクも大きくなく、対処できると主張している。
しかし、浜田教授の見立てはもう少し厳しいようだ。


しかし、このような政策をうまく実行するには、インフレのリスクについて慎重な注意が要求される。
現在のデフレ局面は永遠に続くものではない。
最後には供給側の制約に達し、インフレが戻ってくる。
政府が過剰な財政赤字による財政支出を行えば、一たびインフレの引き金が引かれると、すぐに制御不能になってしまう。

政権とリフレ派の理論的支柱と言われた浜田教授だが、インフレの制御について懸念を示しているのだ。
以前、FTPLを採用すべしと主張し、インフレのリスクにも対処できると言っていたのとは少々ニュアンスが変わっているようにも聞こえる。
この場合のFTPLとは、クリストファー・シムズの拡張的財政政策でインフレを実現し、同時に政府の債務負担を軽減しろといった主張(主に前半)だった。

浜田教授は、このFTPLとMMTとはリスク面で異なるものだと説明する。

「MMTは結果に対する安全策が欠けている。
(例えば、FTPLでは明示的に独立した中央銀行のインフレ管理に拠っている。)」

つまり、FTPLでは中央銀行が独立した意思決定で金融政策を担当しており、相応なインフレ抑止能力を持つということらしい。
一方、MMTはマネタリー・ファイナンスであり、完全なる財政従属状態と言える。
MMTではインフレ制御を主に財政の規模によって行うことになるが、財政の規模はインフレの具合によって都合よく機動的に変化できるものではないだろう。

世の中で財政拡大の議論がさかんだ。
景気はいつか後退するだろう。
金融政策に限界が見えつつある中で、他に即効性のある手段はないに等しい。
また、アベノミクスの1年目のように、金融と財政を同時に拡張的にすれば、インフレ等に変化が起こるのも事実なのだろう。
(この意味で、タカ派の人たちの中にも、金融・財政を同時に大きく緩めてみたいという誘惑はなくもないのではないか。)

長期的に見て財政再建が必要なのが明らかとしても、景気循環に対してどれだけ財政をふかし続けるかは議論があろう。
アベノミクスの期間、経済が拡大し税収が増えたことから財政は悪化していない。
しかし、これも一方的な見方だ。
財政政策が谷を減らし、山で返済するものと考えれば、今は山であり、返済すべき時期ともいえる。
一方で、今後景気が後退した時、他に手段がないなら、やはりできることをすべきなのだろう。

日本の本当の姿は、谷から谷、山から山で比較した時にどう変化しているかで見えてくるのではないか。


 - 国内経済, 政治 ,