モダン・マネタリー・セオリーの原典:ロバート・シラー

ロバート・シラー教授が、モダン・マネタリー・セオリーについて解説している。
それが叫ばれる趣旨を理解しながらも、経済理論を正しく扱うべきと釘を刺している。


「私はそこまで辛辣じゃない。
モダン・マネタリー・セオリー(MMT)は完全に独自な一連の概念ではなく、きちんと定義・統合されておらず、その示唆は誇張されている。
それと同様に、大災害のレシピでもない。」

シラー教授がThe New York Timesに書いている。
「そこまで」と書いているのは、他に辛辣な人が多いためだ。
シラー教授はケネス・ロゴフ教授ローレンス・サマーズ教授の名前を挙げている。
特にサマーズ教授の場合、MMTを「大災害のレシピ」と称した。

シラー教授はそこまで辛辣ではないと優しさを見せているが、この人の優しさは安心できない。
結局、遠まわしに地獄に突き落とされることが多いのだ。

今回のコラムは、MMTについてのまとめ記事のような書き方になっている。
さまざまな人の意見を紹介し、その主張の本質がどこにあるかを抽出している。
そして、教授が行き着いたのがロバート・バローの論文(1979年)とジョン・メイナード・ケインズの『一般理論』(1936年)だ。


「これらは『モダン』というほど新しいだろうか?
もしそうなら、これらはMMTの中心的基礎と考えられてもいい。
しかし、そうした引用を見たことがない。」

シラー教授はまず《現代金融理論》という名前をチクリとやったのだ。
確かにMMTについては、現代でも金融でも理論でもないという指摘が少なくない。
中でも極めつけはPIMCOによるMMT評だ。

「この説において正しい部分は新しくなく、新しい部分は正しくない。」

このPIMCOの評は、バローやケインズは正しいが最近つけられた尾ひれは正しくないという意味になる。

シラー教授はMMT推進者がバローやケインズの大作を読んで理解しているとは思えないと書いている。
つまり、MMTにおいて正しい部分さえ原典に当たっていない可能性が高いのだ。

もっとありそうなのは、職業的な経済学者でない人たちが単純な物語や比喩に影響され、不幸にも誤った考えを推奨してしまうことだ。

誤りは誤りでしかない。
そこは動かない。
しかし、シラー教授はそれでも「辛辣じゃない」のだ。
なぜなら、バローやケインズが主張したような財政赤字による歳出増は当然あるべきだからだ。
教授はMMTの「赤字を増やす新たな歳出に自動的に反対すべきでない」との趣旨には賛同できるとしている。
そう言いながらも、主張のしかたには厳しく注文をつけている。

当座の間の債務増を正当化するような緊急の必要性もあるだろう。
しかし、これを認めるのに経済理論の革命は必要ない。
そして、それは無制限の歳出、不用意な債務の積み上げを許容するものではない。


 - 海外経済, 企業 , ,