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東京証券取引所アローズ バブルか?暴落か?
2020年7月7日

米市場の一部に楽観が高まっている中で、日本では相変わらず悲観が根強く、楽観論と悲観論が交錯するような状況が続いている。(浜町SCI)


日本人は1990年前後のバブル崩壊を経て、すっかり弱気の虫が定着し、それが株高を防ぐ一因となっているようだ。
日本市場の場合、キャピタル・ゲインに夢を馳せるより、インカム・ゲインで十分な利回りを上げている銘柄を探す方が現実的なのではないかとさえ思えてくる。
そんな熱狂の湧きにくい日本市場でさえ、最近はもう一段の噴き上がりを予想する人が出始めた。

弱気派の主たる主張は、コロナ後のファンダメンタルズがコロナ前より劣悪になるというものだ。
これは正しいが間違っている。
それを分けるのは《ファンダメンタルズ》の定義による。
もしもファンダメンタルズに金利や金融政策まで含むなら、コロナ後のファンダメンタルズが劣悪とは言い切れない。
金利は以前のシナリオより低下したのだし、金融政策も長く長く緩和的であることが予想されているからだ。

市場はV字回復を予想しているのか?

また、GDPが悪化しても企業収益が悪化するとは限らない。
企業は収益を守るため、全体のパイの縮小分を労働者に重く負担させようとするかもしれない。
労働分配を減らすことで、企業収益、つまり株主の利益を守ろうとするかもしれない。
そして、テレワークなど最近の働き方の変化は、パイの切り分け方の変化を助長するかもしれない。

株価を押し上げる厳しい現実:ジェレミー・シーゲル

強気派の主たる主張は弱気派の論拠の欠点に根ざしている。
企業収益はGDPほどには痛まず、逆に緩和的金融環境の恩恵を受けるとするものだ。
GDPは主に企業(最終的には投資家)と労働者に分配され、全体の企業の中で上場企業は一部にすぎない。
この一部は実体経済での支配力が強く、コロナ禍で苦しむところの多い非上場企業をしり目に力を強めるかもしれない。

どっちもありそうなシナリオだ。
弊社では今後の市場の展開を予想することを大いに楽しんでいる。
ただし、予想を楽しんでいるからといって、それに基づいて投資や回収を実行することはない。
かなり厳しいバランス型の投資を自分たちに課しているからだ。
私たちは、株が上がれば株を売り、一部を現預金・債券に振り分ける。
逆もまたしかり。
円が上がれば円資産を売り、一部を外貨資産に振り分け、外貨が上がれば外貨資産を売り、一部を円資産に振り分ける。
逆もまたしかり。
ここに予想という要素はなく、私たちが知恵を使うのはむしろ銘柄選別だ。
私たちは、自分たちがマーケット・タイミングをやり切れると考えるほど傲慢ではない。

《株はどんどん上がる》と予想する人があれば、眉に唾して聞くべきだ。
その人の考えが市場で広く共有されているなら、市場はすでに上昇しているはずだからだ。
《株は頭打ち》と予想する人があれば、眉に唾して聞くべきだ。
その人の考えが市場で広く共有されているなら、市場はすでに下落しているはずだからだ。
市場は、経済再始動が一進一退を繰り返すことも認識していただろうし、11月の米選挙で民主党が有利であることも認識しているだろう。
市場はバカではない。
多くの事実・予想を織り込んだ上で現在の価格がある。

利益追求という観点からおかしな判断をする投資家が市場を席捲しない限り、市場はかなり良い予想をするものだ。
おかしな判断をする投資家とは、ある時は政府であり、ある時は熱狂する個人投資家等である。
日本の株式市場は日銀によって歪められているのかもしれないが、米国株市場はまだ正気だろう。
米市場におかしな判断があるとすれば、それは債券市場だ。
株式市場への影響は、債券市場を介した間接的なものにとどまっている。

米国株市場に限らず、不確実性が高いのは間違いない。
金融・財政政策を見る限り、どこかの市場でバブルが発生してもおかしくない。
一方、悲観が進んで暴落があっても驚くことではない。
ただ、それが単なる悲観にすぎないなら、また市場は壁を登ろうとするのかもしれない。

やはり一番恐ろしいのはインフレなのではないか。
世間はデフレ的なのだが、このところ値上げが進んだモノ・お店も少なくない。
現時点で確率の高いシナリオとはいいにくいが、比較的インフレの進みやすい国において供給側の要因からインフレが高まり、物価目標を超え、3%を上回りそうになれば、中央銀行も看過できなくなってくる。
それでも金融引き締めができるような状況ではないはずだが、スルーしてよい話でもないだろう。
市場はそれを予感し、先回りし、2013年のテイパータントラム(バーナンキ・ショック)のようなことを引き起こすかもしれない。
しかし、このリスク・シナリオは、実現するにしても少なくとも1-2年は先の話にすぎないのだ。

今回は大きく違う:ジェレミー・シーゲル


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