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バイラルになるための条件:ロバート・シラー

ロバート・シラー教授が、ナラティブがバイラルになる過程のミステリーを紹介している。


「1776年1月、トマス・ペインが『常識』という短い本を書いた。
その6か月後、米国は独立宣言に署名した。
彼は、初めて真剣に米国の独立を提案した人物だ。」

シラー教授がBank Policy Instituteで、バイラルに大流行したナラティブの例として、トマス・ペインの短い文章を紹介した。
真剣な独立の提案からわずか半年で巨大な米国が誕生するに至った。

今では哲学者・思想家などと呼ばれることもあるペインだが、もともとは英国の庶民の生まれだ。
1737年コルセット職人の子として生まれたペインは、いくつかの職業を転々とした後、職を失い食い詰めていた。
そこでベンジャミン・フランクリンと出会い、渡米を奨められる。
渡米したのが1774年、その翌年に「ペンシルベニア・マガジン」紙の編集者となり頭角を現した。
『常識』はその翌年初の出版だ。

シラー教授は、バイラルだった様子を説明している。

「人口で標準化したベースでは、米国で最も売れた本だ。
みんな『常識』を読んでいた。
爆発的だった。
そして独立宣言に至った。」

いつの世にもはっちゃけた論を述べて無視される人はいるものだ。
ところが、トマス・ペインが主張した独立は、わずか半年で現実のものとなった。
シラー教授は、その一因がペインの卓越した筆の力にあったと考えているようだ。

「とてもよく書かれた本だが、彼が修正を加えた古いナラティブが多く含まれている。
実際、たくさん聖書の話を織り交ぜている。
『常識』の基本的な主題は、彼が敬うよう教えられた王や女王のすべてはナンセンスというものだ。
彼らはみんなと同じというものだ。
彼は、人間はみな平等に造られていると言った。
聖書の話を紹介し、たくさんの人々を殺した王族は本当に愚か者だと語った。
彼らはなんとかして彼らが他の人たちより上だと思わせようとしている。
信じてはいけない、と。」

人心を動かすのには、平易な言語と馴染みのある物語が必要なのだろう。
シラー教授は『常識』を絶賛し、ぜひ読むよう奨めている。

原典アメリカ史第二巻』に一部が収録されていた。
(大きな図書館ならあるかもしれない。)
意地悪な書き出しで始まるほんの数ページの文章だ。

「これから述べようとする数ページには、単なる事実、平明な議論、常識にすぎないものを私は提出する。・・・
イギリスとアメリカとの争いについては・・・
しかしすべてが無駄だった。
論争の時期は終わったのだ。
武器が最後の手段として争いの結末をつける。」

領主国と植民地の論争は話し合いでは解決できず、武力によって解決するしかないという主張だ。
書き出しの後ペインは、話し合いを継続すべきとする論拠を1つ1つ打破し、分離独立で得られる利益を列挙していく。
ペインは《こんなこと常識にすぎないじゃないか》と言いたいのだ。

シラー教授は『常識』がバイラルになった一因をペインの筆の力に求めた。
ところが、バイラルになるにはもちろん技術だけではだめだ。
シラー教授は、ペインの対照的な本にも言及している。

「後に1790年代、彼はユニバーサル・ベーシック・インカムを提唱する本(注:おそらく『Agrarian Justice』)を書いている。
彼はUBIという言葉は使わなかったが、今まさに米国で若者たちが提案しているのと同じ概念だ。
完全な失敗で、誰も読まなかった。」

シラー教授は、米国がいまでもトマス・ペインの影響を受けていると話す。
「すべての人は平等に造られている」という主張は独立宣言の2段落目で提起されている。
教授は、これが米国の誇り・アイデンティティの一部になっているという。
それでも、同じペインが主張したUBIは受け入れられなかった。

トマス・ペインの明晰な執筆能力との組み合わせだったのに、成功しなかった。
彼は、正しい時に正しい提案をしたのに受け入れられなかったと言ったんだ。


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