ナラティブ経済学とは何か:ロバート・シラー

資産価格の実証的研究で2013年ノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー教授が、ナラティブ経済学の必要性を語っている。
この主張、単なる新著のPRをはるかに超え、壮大な野望なのかもしれない。


私の本で定義した『ナラティブ経済学』は、ある意味で行動経済学の一分野とも言えるが、別の意味ではとても異なるものだ。
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(行動経済学とは)一貫した行動パターンを探すものだ。
私がナラティブ経済学で探しているのは、時間とともに一貫していないものだ。

シラー教授が新著『Narrative Economics』で書いたナラティブ経済学について出演ビデオで語っている。
今回の著書は、かなり大きなものを狙っているのかもしれない。

シラー教授は、資産価格にかかわる行動経済学とそれを裏付ける実証研究でノーベル経済学賞を受賞した。
株価倍率、住宅価格指数の開発に携わり、それら指標には教授の名前が付いている。
分野がファイナンスであること、行動経済学という人気分野であること、実証研究という市場に近いポジションにあること、さらには本人の気さくな人柄もあって、大人気の学者だ。
また、世間のツボを探り当てるのにもたけた先生だ。
1990年代《根拠なき熱狂》という言葉を用いアラン・グリーンスパンFRB議長(当時)にレクチャーをし、議長がその言葉を用いたため、その言葉が世界的に有名になった。
この言葉はその後教授の著書のタイトルになっている。
その他、ケインズのコンセプト《アニマル・スピリット》を掘り起こし、著書を書き、再び日の目を見せている。

2016年には米経済学会の会長も務め、すでに重鎮中の重鎮だが、シラー教授の野望は終わっていないのかもしれない。
ノーベル賞の1つの基準とは新たな分野を切り開く業績を上げることと言われるが、教授がナラティブ経済学でアピールしたいのはそうしたことではないか。
行動経済学が同じパターンを探すのに対して、ナラティブ経済学は変わっていくパターンを探している。
従来の行動経済学に比べて、より動学的でより不確実な現象にスポット・ライトを当てようとしている。

シラー教授はビデオの中で、エボラ熱の感染と今世紀の失業率のグラフを示している。
決して似ているとは言えないが、いずれも突如として大感染が進み、時間が経つと収束している。

これら2つのグラフを見ただけで、経済における変動が伝染病の流行に似たものというつもりはない。
しかし、何か大きなものが全世界を動かしたと言いたいんだ。
そして、経済学者は、それが何だったか、明確な理解を有していない。


シラー教授は現状の経済学の限界を指摘しているのだ。
ピンポイントでいつ経済危機が起こるのかと尋ねられれば《わからない》というのがまともな経済学者の答だろう。
その態度は(現状の経済学を前提とする限り)正しい。
しかし、《わからない》ままでいいのか。
何かなすべきアプローチを怠っていないか、との疑問は残る。

「私たちは、本当に意味のある大きく重要な経済上の出来事を知りたいと思っている。
何がそれを引き起こしたのか。
しかし、多くの経済学者が言うのは中央銀行の失策、議会の税制についての失策についてだ。
しかし、それらは大きな出来事を引き起こした遠因にすぎない。」

なにしろ1930年代の世界恐慌であっても、何があのタイミングであの危機を引き起こしたかについて明確な答は出ていない。
いろいろ要因は挙げられているものの、何が重大で、何があのタイミングを決めたのか。

シラー教授はナラティブの考えを導入することで理解が深まる可能性を主張する。
ストーリーの伝染こそが、大きな経済上の出来事を引き起こしているのだという。

そのストーリーは信用できる必要も、良い必要も、本質的に面白い必要もない。
必要なのは、ただバイラルであることだ。
ある時代の瞬間において、伝染するものでないといけない。
それが過剰な回復率、忘却率をもたらすのだ。

「過剰な回復率、忘却率」がアニマル・スピリットを呼び覚まし、根拠なき熱狂を広め、そして経済・市場にバブルを生み出すといいたいのだろう。
その大元にある伝染するストーリーこそがナラティブだ。

シラー教授は、そうしたナラティブの中に「時間が経つ中で変異しながら繰り返す『反復性の経済ナラティブ』(perennial economic narrative)」が存在すると指摘、2つの例を挙げている:

  • 反復性の『雇用を奪う機械』ナラティブ: 19世紀初めの農機から最近の自動運転車まで
  • 反復性の『信頼感』ナラティブ: 19世紀の金融パニックから20世紀の消費者信頼感まで

後者のナラティブは、ある経済主体が他の経済主体の様子を見て先行きへの自信を失い、自らの行動を小さくしてしまうことを指しているようだ。

「こうした『信頼感』のストーリーは今も存在し、いずれも変異を起こし、再発して人々を脅かし、再び経済危機を引き起こす可能性がある。
経済学者はこうしたナラティブを分類し、一般公衆もこうした現象についていくらか理解すべきだ。」

シラー教授は、学術論文にナラティブという言葉が現れる頻度が最も小さいのがファイナンス分野だと指摘している。
ちなみに、グラフ上でのブービーが経済学だ。

確かに、こうした分野は、複雑系を扱っているわりには数学を装いたがる分野かもしれない。
数式と統計を多用するわりに答えが《わからない》では少々残念だ。

私たちは、再び伝染を繰り返しうるナラティブの様々な変異・系統について知見を得る必要がある。
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私たちが大きな経済上の出来事について深い理解を得られるのはその後になる。


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