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ダッドになったモルガン・スタンレー

ウィリアム・ダドリー元ニューヨーク連銀総裁が、最近巻き込まれた米長期金利に関する論争について所感を語っている。


米国債利回りがこんなにも情熱を掻き立てようとは誰が予想していただろう。

ダドリー氏はBloombergへ寄せたコラムをこう始めている。
同氏は最近図らずして自身が巻き込まれた論争について紹介をしている。
始まりは同氏の6月29日のコラムだった。
ここでダドリー氏は長期的(「今後十年」)な米長期金利を4.5%以上と予想していた。
ダドリー氏はオーソドックスに、フィッシャー方程式と金利の期間構造を勘案し、長期金利を3つの部分に分けて予想している。

  • 実質FF金利: 平均 1%+
  • インフレ: 平均 2.5%
  • 「債券リスクプレミアム」(期間プレミアムを指すと見られる): 1%

足し合わせると4.5%+となり、ダドリー氏はこれを「保守的見積もり」と見ていた。
いずれの要素も上ブレする可能性が大いにあると考えたからだ。

「ある程度これは、経済を鈍化させてインフレを制御するためにFRBにとって必要なことなのだ。」

ダドリー氏は、将来について極めて現実的な予想をしていたのである。
今回のインフレには供給・需要の両面の原因があった。
その両方が完全に消えてなくなるのでなければ、インフレを冷やすには景気を冷やすしかない、そういった感覚だったろう。

翌6月30日、モルガン・スタンレーのマシュー・ホーンバック氏が反論を唱える。
同社の目の子計算は

  • 実質FF金利: 平均 0.0-0.5%
  • インフレ: 平均 2.0%
  • 期間プレミアム: 0.0-0.5%

結果、長期金利を2-3%と予想し「米国債利回りは7月半ばから低下する余地がある」とした(Bloomberg報)。

モルガン・スタンレーは今年に入ってリスク市場に対し弱気予想を続けた最後の砦だった。
リスク資産への弱気と同時に債券への強気があったという意味で整合が取れているといえる。
これは純粋な経済予想上の議論だった。

しかし、問題はレポートのタイトルだ。
タイトルは『Don’t Be a Dud』。
Dudは失敗作という意味もあるが、当然、ダドリー氏(Dudley)を兼ねている。
タイトルの意味は「失敗するな」かつ「ダドリーみたいになるな」である。
経済談義で相手の名前をからかいの対象とするとは・・・

ダドリー氏が総裁を務めたニューヨーク連銀といえば、金融調節の実行部隊としてとりわけ重要な地区連銀だ。
その元総裁をこうからかうとは。
おそらく、両者はむしろ仲が良い、あるいは互いに好意を持っているのだろう。
ダドリー氏は元ゴールドマン・サックスのエコノミスト。
金融界にも人脈が広い。
元ライバルかもしれないし、あるいは一緒に働いたことのある人もいるのかもしれない。

さて、その後長期金利がどうなったかは周知のとおりだ。

米10年債利回り
米10年債利回り

ダドリー氏は22日付コラムで事の顛末を紹介し、感想を述べる。

私は勝利宣言をしているわけではない。
私の推計は長期の趨勢的トレンドに焦点があり、先月の上昇は、予想より強い経済など循環的展開に大きく関係しているからだ。
私は、こんなに早く金利が上昇するとは予想していなかった。

ダドリー氏の高等戦術だろう。
謙遜な姿勢を貫き、相手を責めないことで、より厳しく完膚なきまでに相手を傷つけ心をズタズタにする。
確かにダドリー氏は今後10年の話をしていた。
しかし、モルガン・スタンレーはもう少し短いホライズンで語っていた節がある。

ダドリー氏は、足元の長期金利上昇は循環的要素が大きいという。
その一方で、趨勢的変化も内在していると指摘している:

  • 金利上昇でも好景気が続き、中立金利が上昇したのかもしれない。
  • 財政赤字拡大は中立金利を押し上げる。
  • 慢性的なインフレが期間プレミアムを拡大させるかもしれない。

6月30日にモルガン・スタンレーから攻撃を受けた時、ダドリー氏は

「結論を導くために過去のデータを重視する同行のストラテジストらが、これまで低金利環境を支えてきた多くの要因が変化した可能性を見過ごしている」

とコメントしていた。
循環的な変化ばかりを見て、趨勢的な変化を見落としているとの見解だった。
今回ダドリー氏は、その考えを明確に述べている。

短期的に債券利回りがどうなるか知ったかぶりするつもりはない。
・・・
しかし、長期的には、2008年の金融危機後の堅調な景気拡大はもはや参考にならない。
パラダイムが変わり、利回り上昇が戻ってきた。


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