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サイクルを読む:相場は反転したのか
2019年1月1日

1970年代のスタグフレーション

Bloomberg記事で引かれたのは1972年だった。
この時代はどういう時代だったのだろう。


米10年債利回り(赤)とCPI総合(青)
米10年債利回り(赤)とCPI総合(青)

1970年代から80年代初めはまさに高インフレ・高金利、スタグフレーションに見舞われた時代だった。
さらに、長期金利とFF金利の大小関係も興味深い。

米10年債利回り(赤)と実効FF金利(緑)
米10年債利回り(赤)と実効FF金利(緑)

インフレの時代はまた金融引き締めの時代でもあった。
インフレを制御するためにFF金利は何度か今からでは想像もつかない水準まで引き上げられた。
イールド・カーブについては、大きく逆イールドになりうる市場環境であった。

仮に現在と1972年が似ているなら、こうした時代をリスク・シナリオとして想定すべきかもしれない。

戦中・戦後のインフレ

いや、私たちはもう1つ時代を回顧すべきだろう。
ハンセンが趨勢的停滞論を唱えたのは大恐慌に苦しんだ1930年代だった。
サマーズ氏はリーマン危機から大恐慌を類推して、このコンセプトを掘り起こしたのだろう。
これはレイ・ダリオ氏が主張していた1937年との類似と擦り合っている。
大きな金融危機後に利下げと量的緩和が実施され、景気が回復した後に金融引き締めが着手された局面である。
この局面での金利とインフレはどうだったのだろうか。

米CPI総合・都市部(青)、長期金利(赤)、短期金利(緑)
米CPI総合・都市部(青)、長期金利(赤)、短期金利(緑)

この時期に長短金利が安定しているのは、戦費で悪化する財政を支えるため金利を低位に維持したためだ。
典型的には1942-51年の長期金利キャップ2.5%である。
財政が悪化する中での低金利は、インフレ・リスクとのトレード・オフをもたらした。
金融引き締めができない中で高インフレを許容せざるをえなかったのだ。
この高インフレが落ち着いたのは、戦後財政赤字が一服し、短期金利が上昇した後である。
インフレは1950年代前半に落ち着き始め、1960年代半ばまでその状態が続いた。

戦時中や1970年前後のインフレ傾向の原因には財政悪化、保護主義、コモディティ高、労働者の交渉力、生産性の伸び悩みなど多くが指摘されている。
確かに足元の状況と似たようなキーワードが多く見られるが、逆のものもある。
果たして定量的に本当にインフレなのかは疑問も大きい。
大展開するストーリーの魅力に囚われないことが大切だ。
だから、インフレ昂進はリスク・シナリオにとどめるべきだろう。

前提によって退避先が異なる

Bloomberg記事が紹介した調査会社は、市場に逆風が吹いていても普通「どこかに強気市場というものは存在した」と書いている。
しかし、今はどこにも強気相場が存在せず、それが1972年以来なのだという。

通常は何かが下がれば、ほかの何かが上昇する。
2008年の金融危機では米国債が上昇した。
1974年には商品相場が明るい一角となった。
2002年には不動産投資信託(REIT)にその役が回ってきた。

仮に趨勢的な金利・インフレの上昇というリスク・シナリオを想定するなら、2002年・2008年とは環境が異なる。
仮に1974年の再現を想定するなら、コモディティがうまく働くことになる。
ただし、その場合はインフレによるドル安も想定すべきであり、円建てでのコモディティのリターンはやや減殺されてしまうかもしれない。


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