海外経済

コロナショック後のナラティブ候補:ロバート・シラー
2020年6月2日

ロバート・シラー教授が、コロナ・ショック後の停滞を長引かせうるナラティブを列挙している。


パンデミックのような大きな出来事は後に混乱の跡を残す可能性がある。
社会の不和を生んだり、支出やリスクテイクの意思を削いだり、景気の勢いを破壊したり、投資の価値への自信を揺らがせたりする。

シラー教授がThe New York Timesへの寄稿で書いている。
こうした要因は主流のマクロ経済学が用いる方程式に通常現れないものだ。
教授は行動経済学者として、そうした要因、特にナラティブについて重視してきた。

シラー教授によれば、コロナ・ショックは極端な事例であり、統計的な扱いをするほど前例がないのだという。
結果、過去の極端な例についてケース・スタディするしかない。
パンデミックの例としては、1918年からのスペイン風邪が真っ先に浮かぶが、これはあまり参考にならないようだ。

「当時の新聞を探すと、スペイン風邪が経済に及ぼす潜在的悪影響についての心配が驚くほど少ないことがわかる。
おそらく、もっと支配的なナラティブが、1918年11月11日に終結した第1次世界大戦に関するものだったからだろう。」

スペイン風邪は675千人のアメリカ人の命を奪った悲惨なパンデミックだったが、当時、第1次大戦が同時進行中だったのだ。
しかも、大戦が終わったことが経済にも心理にも良い影響を及ぼし、パンデミックが経済に及ぼした影響を隠してしまった。

そこでシラー教授は得意とする時代を再訪する。
1929年のクラッシュに端を発した大恐慌の時代だ。
教授は同年10月のクラッシュから翌1930年4月まで、市場が半値戻しを演じた事実を紹介し、不吉な可能性を示す。

1929年多くの人は株式市場が元の水準まで上昇し下落が一時的なものと期待した。・・・
しかし、市場は再び下落し、クラッシュは、今日出回っている流行の考えのいくつかに似た強力なナラティブを発動させた。

シラー教授は、当時と現在の奇妙な類似点を挙げる:

  • トランプ、フーバー両大統領が当初、危機の重大さを見誤った。
  • 政治の分断。フーバーは後任ルーズベルトの政策を「モスクワへの行進」となじった。
  • 今は長い列と空のスーパー、大恐慌時は長い列と空の銀行。

これらにどれほどの重要性があるかは定かではないが、確かに物語としては面白い。
一方、本当に重要なのは、大恐慌の時に起こったことで、今はまだ起こっていない厄介な現象だ。

  • 雇用への不安から支出を減らした結果、低迷が長引いた。
  • 労働者が「公正な賃金」を強く求めた結果、失業がなくならなかった。
  • 貧困が広まり、裕福な人まで自発的に質素な生活に努め、停滞を長引かせた。

これらは、人間の節度ある思いと行動が、意図せずして停滞を長引かせてしまう例だろう。
1つ目、3つ目は日本人が得意とするナラティブだ。
2つ目はアメリカ社会らしい。
労働者が諦めなければ失業が続くし、日本のように簡単に諦めても家計が痛むことに変わりはない。

バランスシート不況を唱えたリチャード・クー氏は、バランスシートの修繕を済ませた日本人がまだ借金も支出も増やさないことを見て「トラウマ」と呼んだ。
心理的な要因だとし、解決が難しいと語っている。
1つ目のナラティブはまさにこれと同じものだろう。
少なくとも日本では実現可能性のたっぷりあるナラティブだ。

とはいえ、いずれのナラティブにしても、現時点では可能性でしかない。
スペイン風邪にとっての大戦終結のようなことが起こらないとも限らない。
重要なのは、どちらか一辺倒ではいけないということ。
ブレークスルーや落とし穴はどこにでもあるということだろう。

ただ、シラー教授はかなり弱気サイドを見ているようだ。

どのナラティブが支配的になり、経済がパンデミック収束後にどの道を歩むかは予断を許さない。・・・
しかし、パンデミック後の経済の弱さが次の10年続いても、驚くことではない。


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