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クルーグマン:格差拡大のための経済学

供給サイド経済学は偽り

そして、矛先は供給サイド経済学の理論自体へと敷延する。
経済の供給力を拡大することが経済成長のカギとする考えは、金持ちや企業を優遇するロジックに結びつきやすい。
クルーグマン教授は、こうした経済理論自体を十把一絡げに否定してかかるのだ。


「供給サイド経済学の理論は常に嘘っぱちだ。
それは決してインセンティブにかかわる話ではない。
金持ちをさらに金持ちにするためのもう一つの言い訳に過ぎない。」

程度の問題ではあるが、供給サイドを見ることがすべて悪いこととは思えない。
もしもそうなら構造改革の大部分が悪とされてしまうかもしれないし、もしかしたら金融政策も(供給力拡大にも資するという意味で)悪なのかもしれない。
だから、クルーグマン教授の批判は少々行き過ぎたものと思われるが、一方で言いたいことはよくわかる。
ここでも経済学のロジックを悪用している輩が多くいるのだ。

経済学の使われ方

このところのクルーグマン教授のブログを読んでいて不思議に思うことがある。

  • 教授は早い段階で流動性の罠を指摘し、日本で金融政策は効かないと示唆していた(つもりだった)。
    にもかかわらず、教授の言論は日本の量的緩和政策の理論的バックボーンとして使われた。
  • 一方、教授は期待に働きかける政策により流動性の罠を回避できるとの仮説も主張していた。
    その後、教授は日本の人口動態に注目し、期待に働きかけることが困難である可能性が高いと意見を変えている。
    これは、日本のリフレ派からすれば想定外の変節であったろう。
  • 言うまでもなく、教授は自由貿易論の主張者である。
    ところが、教授の仮説を支えに実施された日本の量的緩和では、主たる伝達経路は円安であった。
    経緯・程度によるものの、通貨安誘導は自由貿易の趣旨とは真逆のものだろう。
  • 教授はトリクルダウンや新自由主義的な発想を厳しく批判している。
    にもかかわらず、そうした発想の日本の政権が、教授の仮説に基づく経済政策を採用した。
    わざわざ何度も話を聞いた上でそうなっている。

経済学者に責任がないとは言わないが、やはり政治家の責任は重いだろう。
クルーグマン教授が国際金融経済分析会合の様子を暴露した件でも明らかなように、政治家や周辺は自分に都合のいい部分だけを切り取って使う。
時として、経済学のメッセージを真逆の用途に使ってしまう。


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