海外経済

インフレは高まらない:リチャード・クー
2020年5月14日

野村総研のリチャード・クー氏が、コロナ・ショックへの政策対応について、バランスシート不況の観点を織り交ぜて語っている。


たくさんの人がコロナウィルスの第2波・第3波の話をしており、今月第1波から脱出できたとしても、みんな雨の日のために蓄えておかなければと考えるだろう。
貯蓄モードに入ってしまえば、それが企業であれ個人であれ、システムに注入されるすべてのお金は消費・投資ではなく貯蓄に向かうようになる。

クー氏がBloombergで、コロナ・ショック後にバランスシート不況が起こりうると警告した。
バランスシート不況とは、民間セクターがデレバレッジのために借金を返済し貯蓄を増やすために、民間需要が減退し、不況に落ち込むこと。

リーマン危機より長くかかる

クー氏は、リーマン危機後の米国が速やかに危機を脱した要因を解説する。

「米企業が最初からバブルには関係していなかった。
(バブルは)家計セクターだった。
だから米企業はまだ借入を行っていた。
だから、米国は危機の震源地だったにもかかわらず、他の国より早く抜け出すことができた。」

つまり、米企業はバランスシートを修繕する必要がなかったのだ。
だから米経済はバランスシート不況を逃れることができた。
ところが、コロナ・ショックは状況が異なる。
リーマン危機であまり傷を受けなかった企業がレバレッジを増やし、火種の中心の1つになっている。

今回は家計と企業の両セクターが関与しており、この影響を受ける両セクターが回復するのには長い時間がかかるだろう。
特に心理的な面でだ。

中央銀行の出番

クー氏は、これまでバランスシート不況下における量的緩和・ヘリコプターマネー・中央銀行による直接金融・MMTなどに強く反対してきたと話す。
バランスシート不況は民間セクターの過剰貯蓄が原因なのだから、中央銀行ではなく民間セクターが政府にファイナンスすればよいとの考えだったという。
民間セクターが莫大なマネーを保有する時、政府が吸収しなければ、新たなバブルを生み出しかねないとの危惧もあった。
ところが、コロナ・ショックでは、これら非伝統的金融政策に「大賛成」なのだという。
理由は単純明快、バランスシート不況の原因となる過剰貯蓄が見られないためだ。
むしろ1つ間違えば金利急騰などを招きかねず、中央銀行の介入が望ましいという。

問題は、パンデミックが収束する頃だ。
クー氏は、FRBが市場に注入した流動性を慎重に引き上げるべきと話す。
その頃には民間セクターが貯蓄を増やし始め、FRBが引き上げる分を吸収させればよいからだ。

インフレは高まらない

多くの人がコロナ・ショック後について心配するインフレについて、クー氏は心配無用と語る。

民間セクターが全体として貯蓄を増やすと、インフレは起こりえない。・・・
民間セクターが全体として貯蓄を増やすと、貨幣乗数は限界的にマイナスになる。
これこそ過去10-12年間、中央銀行の物価目標が達成されなかった理由だ。

とても多くの人がインフレを予想する中、クー氏の反論は新鮮だ。
ただし、その論拠には説明不足のところがあるのも否めない。
なぜ今後も貨幣乗数が「限界的にマイナスになる」と言えるのか。

そもそも民間の貯蓄増、貨幣乗数が限界的にマイナスになること、ディスインフレの間の関係が特に定量的にはっきりしない。
どれが原因でどれが結果なのか、それは定量的にも予見性が十分にあるといえるのか。
結局のところ、これら3つの現象はほぼ同じことを3つの側面から言っているにすぎないのではないのか。
バランスシート不況になるからインフレにならないという議論で本当に重要なのは、本当にバランスシート不況になるのかであって、その蓋然性が十分とはいえないかもしれない。

これまでの量的緩和と今回が大きく異なるのは、政府が大量に国債を発行するだけでなく、それを実際に使っている点だ。
(ある意味、クー氏がこれまで主張してきた処方箋の一部が実現している面もある。)
多くの人はそれがインフレを招くのではないかと恐れている。
能天気なアメリカ人が受け取ったお金を本当にすべて貯め込むのか、そこがポイントなのだろう。

V字回復は短期間だけ

クー氏は、パンデミックが終われば一時的に急激なV字回復が起こるだろうと予想する。
しかし、世界が同時に回復するわけではないため、急激な回復は続かないという。
V字回復は「数か月」で、その後はとても緩慢な回復になるだろうと話した。

その頃には民間セクターが貯蓄を増やそうとし、結果、バランスシート不況の傾向が出てくる。
クー氏はこれを脱するためには心理面の手当てが重要と話す。
借金へのトラウマを消すために、借金を「超魅力的」にするインセンティブ付けが必要になるという。


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