海外経済

アーサー・バーンズのトラウマ:スティーブン・ローチ
2021年5月27日

元モルガン・スタンレー・アジア会長スティーブン・ローチ氏が、キャリアをスタートさせたFRB時代の昔話を語っている。
結論はともかく、かなり面白い打ち明け話だ。


記憶とは厄介なものだ。
私はずっと1970年代のインフレの亡霊に悩まされてきた。

ローチ氏がProject Syndicateで、アーサー・バーンズFRB議長の思い出を語っている。
50年前、ローチ氏はFRBでエコノミストとしてのキャリアをスタートしている。
結果、FRBのインサイダーとして「大インフレ」(the Great Inflation)を迎えることとなった。
ローチ氏いわく、この経験がPTSDを引き起こしたのだという。

筆者が知る限り、バーンズFRB議長の評判はすこぶる悪い。
1970年代から1980年代初めまでの高インフレを引き起こした張本人の1人とされている。
若きローチ青年はかわいそうなことに、議長に対する「公式の週次ブリーフィング」を命じられたのだという。
怖かったとローチ氏は回想している。
ところが、すぐに眼前のFRB議長の器量を看破するようになる。

しかし、力でFRBを統治したバーンズは、実体経済とインフレの相互作用、その関係がどう金融政策とつながっているかについて評価する分析の枠組みを持っていなかった。

そこからバーンズがやったことが面白い。
インフレが上昇する度に、その要因となった「ノイズ」を物価指数から除外していったのだ。
石油ショックがあれば、原油価格をバスケットから除外し、異常気象があれば食品をはずす。
こうして、現在のコアCPIのプロトタイプが完成した。

コアCPI(日本ではコアコア)は各国が重視する指標だ。
それが短期的変動を除外するためなら、適切な指標だろう。
しかし、1970年代、たとえば原油などは確実に趨勢的なインフレを押し上げる効果も及ぼしている。
これを看過したから「大インフレ」は起こったのだろう。
いやいや、ちゃんとコアCPIを見ていれば(原油の影響が間接的に表れ)セーフだったかもしれない。
バーンズがやったのはそれだけではないのだ。

「その後数年、彼は定期的に同様に価格に影響を及ぼす固有の変化を発見していった:
移動住宅、中古車、子供のおもちゃ、女性の宝飾品(金マニアと呼んだ)。
CPIの16%を占める持家のコストにも疑問を呈し、除外しろと主張した!」

なんと洗練された戦術だろう。
自身がインフレ放置で咎められないためには、物価指数の側を操作すればいいのだ。
かつて日本でも物価指数が実態を表していないのではないか(物価は実際には物価指数よりも上昇しているのではないか)との議論があったが、バーンズに比べればかわいいものだ。
程度が違いすぎる。

バーンズがやり終えた時には、CPIの(元の品目の)35%しか残っていなかった。
そして、2桁の率で上昇していた。
その時、1975年になって、遅すぎたが、バーンズは米国にインフレの問題が存在すると認めた。
苦痛で得た教訓: いわゆる一過性の要因を無視するのには大きな危険がともなう。

「中古車」という品目を見てドキリとした読者も多いだろう。
ローチ氏は、FRB等が主張する「一過性」との議論に既視感を覚え、懐かしんでさえいる。
労使の力関係が変化しインフレになりにくいなどとの指摘については、国際分業の要だったサプライチェーンの混乱・保護主義が入れ替わってインフレ要因になっていると指摘する。
そして、最大の類似点は政策の問題であり、現在は1970年代より危うい要因が存在するという。

FRBは1970年代、実質金利をマイナス圏に急落させ、大インフレの火に油を注いだ。
現在FF金利はインフレ率より2.5%以上も低い。
さらに今は無制限のQE(バブルっぽい金融市場に月1,200億ドルの注入)と第2次世界大戦後最大の財政刺激策だ。
これらすべてが、パンデミック後のブームが余剰生産能力を前例のないペースで吸収している中で起こっている。


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