国内経済

【Wonkish】生産性は上がっていない、下がっている:早川英男氏
2019年4月6日

日本銀行元理事の早川英男氏が、日銀が挙げる物価の上がらない理由に反論している。
仮に日銀の説明に無理があるとすると、好ましい形のインフレはさらに遠のくことになる。


人手不足なのに賃金が上がらない最大の理由は、生産性が下がっているからだ。
日銀が言っている話と全然違う。

早川氏がBloombergインタビューで、古巣に苦言を呈している。
経済のファンダメンタルズに対する先鋭な見方の相違がそこにはある。
何が議論されているのか丁寧に見てみよう。
「日銀が言っている話」とはなんだろうか、昨年10月31日の黒田総裁記者会見を読み直してみる。
失業率が下がっても物価が上昇しない要因を尋ねられて、黒田総裁はこう答えている。

1998年から2013年まで15年続いたデフレの時期のデフレマインドが、企業や家計からなかなか簡単に払拭されないということがあるのではないか、ということです。
また、そうしたもとで、労働生産性を引き上げるための省力化投資やIT投資、あるいはサービス業におけるビジネスモデルの合理化・見直しが、様々な形で労働生産性を引き上げ、賃金はある程度上がっても、それが価格に転嫁され難いという状況も起こっているわけです。
そういう意味では、やや物価の上昇が後ずれしていることは事実ですが、物価上昇のモメンタムは維持されています。

需給ギャップはプラス、つまり需要超過だから「物価上昇のモメンタム」は続いており、いつか上昇するだろうという回答だ。
「後ずれ」している理由として、デフレ・マインドと労働生産性上昇が挙げられている。
後者で日銀は、労働生産性が上昇しているから賃金が上がっても価格に転嫁されにくいと説明しているのである。
1人あたりで稼げる付加価値が増えたから賃上げがコスト要因にならず、価格が上がらないという論理だろう。

実はこの論理・現象には米国で実例がある。
アラン・グリーンスパン元FRB議長は、1990年代終わりにFRB内であったフィリップス曲線についての議論を明かしている。
生産性が大きく上昇していると、インフレなしに失業率が低下しうるというものだ。
ちなみに、グリーンスパン氏は今後の米国の生産性については悲観的な見方をしている。
財政の悪化がクラウディング・アウトを引き起こし、生産性上昇のための投資が阻害されてしまうと見ているからだ。

日銀は、生産性上昇のために物価が上がりにくいと言っている。
そこで生産性上昇の根拠としているのは法人企業統計に基く実質賃金ギャップだ。
しかし、早川氏はこのデータにはバイアスがあると指摘する。

「法人企業統計の対象は営利法人だけで、政府部門、個人企業、非営利法人は入っていない。
日本全体をカバーするGDPと対象範囲が全く違うため、生産性は圧倒的に過大評価になる。
・・・(介護を担う社会福祉法人など)その問題も表れない。」

早稲田大学の野口悠紀雄氏は、アベノミクスによる「景気回復」が日本産業の「二重構造」を復活させたと指摘した。
大手製造業が潤い、零細非製造業では賃金が下がり、利益が減少したと指摘した。
個人企業などは「さらに劣悪な状況にあることが推察される」としている。
確かに、法人企業統計は社会の全体を捉えていないかもしれない。

早川氏が生産性として注目するのが全要素生産性(TFP)だ。

「労働参加率が上がって労働投入が増えたのに、潜在成長率が上がってないのはTFPが下がっているからだ。」

さて、黒田総裁はなぜ生産性上昇で説明をしようとしたのだろうか。
それは、日銀が求めているインフレが悪いインフレでないと言いたいからだろう。
そのためには名目賃金がインフレよりも上昇し、実質賃金が上昇しなければいけない。
しかし、生産性に改善がないままに賃金が上昇すれば、これは企業にとってコスト増でしかない。
これを売価に転嫁できたとしても、コスト・プッシュの望ましくないインフレになってしまう。
だから、生産性が上昇していると言いたかったのだろう。

しかし、こうした説明自体が厚生労働省の統計不正問題で成り立ちにくくなった。
そもそも実質賃金が上昇していなかった。
同省が5日発表した毎月勤労統計でも2月の実質賃金は前年同月比-1.1%。
名目(現金給与総額)も-0.8%。
生産性が上昇、賃金が上昇、モメンタムが継続しているとはいいがたい数字だ。

早川氏は、海外で恐れられている日本化について言及している。

成長率が低く物価も低いため、景気拡大局面で金利を上げられず、景気後退局面で打つ手がなくなるのがジャパニフィケーションだ。
・・・ジャパニフィケーションという病気は万国共通になったという感じがする。
・・・潜在成長率が上がらないことにはジャパニフィケーションから抜け出せない。
日銀の力だけではいかんともし難い。

1週回って元に戻った、いや、日銀がでっぷりと太った上で元に戻ったということにならなければいいが。


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