アスワス・ダモダラン ニューヨーク大学教授が、事業会社や投資家にとってのハードル・レート、資本コストについて含蓄のあるレクチャーをしている。
これら3つのアプローチには乖離があるように見え、各々異なる解答を与えるように思える。
しかし、少なくとも定常状態においては、あなたが理解しているよりはるかに相互に関連している。
ダモダラン教授が自身のブログで、ハードル・レートについて書いている。
教授は定期的に国別の資本コストを計算し公表している。
その更新に合わせて、ハードル・レートの理論と実際について解説したものだ。
この理解は事業投資のみならず、純投資(金融投資)についても多くのインスピレーションを与えてくれる。
ダモダラン教授が解説した3つのアプローチとは
- 株主資本調達コスト
これはいわゆるコーポレート・ファイナンス(会社全体の資金調達)のコストを反映したものとなる。
社内に複数の特性の異なる事業を有する場合、これをハードル・レートとすれば、高リスクの事業分野ばかりで投資が行われることになる。
(高リスクの事業は高リターンが見込めるため。)
これは不合理だ。 - 機会費用
1の不合理を回避するために、実際の調達コストを用いるのでなく、プロジェクトのリスクから見た機会費用を見るという考え方が一般的だ。
つまり、コーポレート・ファイナンスではなくプロジェクト・ファイナンスの資本コストを見ようというもの。
各プロジェクト(または各事業・地域・通貨)ごとにリスクに見合った資本コストを課すという考え方。 - 資本制約の下の消化金利(Capital Constrained Clearing Rate)
すべての企業は2の機会費用を超えるプロジェクトに対して無尽蔵に投資できるわけではない。
実際には資本制約があり、魅力のあるプロジェクトを優先して投資することになる。
このため、機会費用より高いハードル・レートを設定することが多い。
ダモダラン教授は、こうした3つのハードル・レートの決め方を紹介し「定常状態」ではこれら3つが収束すると指摘しているのだ。
教授は、ハードル・レートが事業・地理・通貨によって変わってくると説明し、いくつか有用なデータを提供している。
(注: 2月12日現在、米国株のセクター別資本コストを閲覧したところ、インフレの仮定の数値が不適切なものになっている。現地通貨のインフレは米インフレと同じ1.50%と置くべきと考える。)
こうした数値の計算では、特に実務家の間では、方法・定数について統一されているわけではなく、また、目的によっても計算方法は変わってくる。
例えば、リスクプレミアムの算出では、ダモダラン教授のやり方は理論を重視していると受け取れるが、実務家の多くは実測値を重視する傾向がある。
また、教授は、通貨の違いで生じる資本コストの差異を期待インフレの差と説明している。
これは、通貨が違っても株式リスクプレミアムが変わらないことを暗示しており、異論もあるだろう。
注目したいのは、各資本コストの水準だ。
ダモダラン教授による資本コスト (2021年2月12日閲覧):
株主資本 | WACC | |
米企業 | 5.37% | 4.34% |
日本企業 | 7.19% | 3.32% |
ダモダラン教授はこれらの水準が、ベテランになればなるほど、低く見えるはずと書いている。
実際、1980年代初めから超長期で金利低下局面を続けてきたのだから、そう見えて当然なのだ。
これは何をもたらすのか。
これまで使ってきたという理由で15%の資本コストを使う企業は、それを満たす投資先を見つけるのに困難な時を迎えるだろう。
2桁リターンが見込めなければ株式に投資してこなかった投資家は、ほぼすべて現金のポートフォリオを持つことになる。
求めるハードルが高すぎて、投資先が見つからないのだ。
ダモダラン教授は、割引率がDCFに及ぼす影響度の大きさを認めながらも、そこに過度にこだわるべきでないと書いている。
「私たちは割引率にあまりにも多くの時間を割きリスク指標やリスクプレミアムをこねくり回している。
一方、キャッシュフローに割く時間は少なすぎる。」
保守的に従来用いたような高い割引率を今日使えば、評価額は低く出て、投資できる先はなくなる。
投資せずにタコ配するならそれでもよいが、投資する意思があるなら世間相場なみの割引率を用いざるをえない。
だから、ダモダラン教授は、割引率にあまり時間をかけるなというのだ。
ドル建てで評価を行う場合、安全な企業4.16%、平均的なリスクの企業5.30%、リスクの高い企業5.73%とでもしておけば十分だという。
ここでDCFをきちんと勉強した読者は疑問に思うかもしれない。
特にターミナル・バリューをアニュイティで計算した場合、割引率が計算結果に及ぼす影響は絶大だ。
実際、割引率で結果はいくらでも変化し、計算自体の有意性が疑われるほどだ。
(このため、実務ではターミナル・バリューを倍率で置く方法が併用される。)
この疑問に、ダモダラン教授は説得力のある、ただし新たな課題をもたらす回答を示している。
「これら結果のほとんどは、他のすべてを不変として割引率を変更した結果であり、現実の世界では起こりえないトリックだ。
単純にいえば、明日起きてみたらリスクフリー金利が4%、中央値の企業の資本コストが8%になっていたとする。
コロナの世界であなたが予想する利益やキャッシュフローが魔法のように変わらないままだと本当に信じられるだろうか?
私は信じない。」
つまり、スプレッドシートにおいて割引率を上げ下げするなら、それはマクロ・ミクロの前提を変化させることであり、同時に利益・キャッシュフロー予想も上げ下げする覚悟が必要ということだ。
最後に蛇足をつけておこう。
株主資本コストの数字は何を示唆するだろうか。
まず、なぜ低インフレの日本の数字が米国より高くなっているのか。
これは、ベータの差である。
(ダモダラン教授は、マーケット・ポートフォリオをグローバルに見ているようだ。)
米国が0.94、日本が1.16となっている。
つまり、日本の資本コストが高いのは景気敏感であるためということになる。
次に、ざっくりとした目の子計算として、株主資本コストを株式の期待リターン、株式の期待リターンの近似値を株式の益回りとすると
- 米国: 5.37%の株主資本コストは18.6倍のPER
- 日本: 7.19%の株主資本コストは13.9倍のPER
やはり、現状の株価には高値感が否めない。
(ダモダラン教授自身がそれを認めている。)
ただし、そういっているとDCFと同じように投資ができなくなってしまう。
強気相場とはなんともやっかいなものだ。