【解題】生産性とスタグフレーション

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最近フィナンシャル・ポインターでいくつか生産性に関する記事を掲載した。
いずれも高名なエコノミストが重要な問題提起をするものだったが、中にこれは伝わりにくいなと感じたものがあった。(浜町SCI)

特に伝わりにくいなと思ったのは、元日本銀行理事 早川英男氏による生産性低下についての論考だ。
伝わりにくいと思った理由は2つ。


(1) 読み手の感情

政策への評価が絡んでくると、メッセージを素直に受け取れなくなってしまうことがある。
これは筆者にも言えることだが、人間とは感情的な生き物で、その感情が自身の包容力を小さくしてしまう。
筆者の場合リフレに否定的な意見を持っているが、そうすると時としてリフレ派のまっとうな意見にまで窓を閉じてしまう。
リフレ派の中にはまっとうなニュー・ケインジアンも数多くいるにも関わらずだ。

早川氏はエコノミストとして、アベノミクスと生産性を関係づけて議論している。
このアプローチは至極当然なのだが、こうすると、親アベノミクスの人、あるいは、白川総裁時代までの日銀に良くない感情を持っている人が反射的に心の窓を閉じてしまうのではないか。

(2) 生産性低下の原因

早川氏の論文を読んだ時、私が最初に思ったのは、生産性低下の原因が高齢者・女性の労働参加によるものではないかということだった。
そして、この推測に引きずられて、思考が鈍ってしまったのである。
後述するが、この推測が正しかろうが間違っていようが、早川氏の議論の有効性が揺らぐものではないのだ。

さて、こうした2つの障害を取り除くための手段は何か。

(1) 読み手の感情

これは単純に政策と切り離して議論すればよいのだ。
経済とはそもそも民間の営みであり、エコノミストはともかく、民間の実務家は政府のことなど一義的に考えるべきでない。
政策に対してモノ申すとすれば、それは政府が民間の商売の邪魔をしている場合だ。
(だから私は概して総需要押し上げを目的とした金融・財政刺激策が嫌いだ。)
だから、ここでは政府の存在を忘れて、生産性低下の問題だけを見つめればいい。
そうすれば、みんな素直な気持ちで問題を考えられるだろう。

(2) 生産性低下の原因

これについては事実を知ることが重要だ。
労働力調査から「年齢階級別就業者数」を見ると、2012年の総数が6,280万人、2018年が6,664万人と6.1%増えている。
高齢者と女性の寄与度は:

  • 65歳以上 男性: +2.3%
  • 15-64歳 女性: +2.7%
  • 65歳以上 女性: +1.9%

なるほど、数の拡大にいかにこの層が寄与してきたかがわかる。
では、この層が本当に生産性の低下をもたらしたのか。

65歳以上の高齢者は、これまで仕事をしていなかったのに突然仕事についたのか。
そうではあるまい。
大方は引退を遅らせたのであろう。
もちろん人間だから体力の衰えもあろうが、逆に熟練労働者でもある。
この層が生産性低下の原因となったなら、それは多分に企業側の使い方にも原因があったと言うべきだろう。


では15-64歳の女性が生産性を下げたのか。
これもよく考えるべきだ。
まったく初めて就職する人もいるだろうが、多くは復職ではないか。
民間で労働者が戦力になるのにどれぐらいかかるか。
産業にもよるが、早い人・職場なら数か月-1年、遅くても3-5年で立派な戦力にならないか。
今は6年という長めの期間を見ており、高々2.7%の層が1%近い生産性低下を引き起こすものなのか。

もちろん高齢者や女性が労働参加したことが生産性低下の一因であった可能性は除外できない。
しかし、それが低下のすべてを説明するようには見えないし、仮にそうであったなら、なおさら労働者でなく企業の側の問題なのではないか。
仮に生産性低下が高齢者・女性の労働参加の結果だとしても、生産性低下が問題であることには変わりはないのだ。

(ここで企業に厳しい言及をしたが、責めているのではない。
日本の産業全体の問題と考えているのだ。
抽象的な言い方を許していただけるなら、日本の産業が生産性の高い仕事を生み出せていないということではないか。)

こうした認識に立って、賃金・生産性の問題を考えると2つの観点がある。

(a) 実質賃金上昇を賃上げで解決する

中島厚志氏は、春闘など労使交渉で物価上昇分をカバーする賃上げを実現し、賃上げと値上げの好循環を生み出すことが重要と話している。
これは適正な労働分配を実現する手段であり、特効薬である。

一方でこれはコスト増を企業と労働者が押し付け合うゼロ・サム・ゲームでもある。
企業からすれば、同じ労働に対して賃上げすればマイナスだし、労働者(家計)からすれば、同じ商品に対して値上げされればマイナスだ。
それを埋めるだけの値上げ・賃上げに長い目で見てどれほどの意味があるのかを考える必要がある。

(b) 生産性上昇分を賃上げする

早川氏が主張しているのがこちらの賃上げの重要性だ。
労働者の働きがよくなった分の賃上げなら企業にとってコスト増にはならない。
必ずしも値上げさえ必要ないのである。
(ここでは手が余った労働者に仕事があることを前提にしている。)
企業にとってコスト増でないのに賃上げできるのだから、ポジティブ・サム・ゲームである。

(a)の賃上げ・値上げはお金の価値を下げる営みであり、(b)では賃上げがあっても値上げはない営みだ。
もちろん、金融政策のためにインフレがあった方がいいなら、両方の折衷でいい。
しかし、(a)ばかりであれば、手元のお金の価値は減ってしまうことを忘れてはいけない。
また、(a)は直接には(実質)経済成長を押し上げないが、(b)は押し上げる。

もう少し日本人が受け入れやすい話をしよう。
他人の話だ。

昨年あたりからアラン・グリーンスパン元FRB議長が盛んに米生産性の伸びの鈍化を問題視している。
社会保障負担増大等による財政悪化がクラウディング・アウトを引き起こし、生産性上昇の基礎となる設備投資を抑制してしまうという。
生産性が上昇しなければ、すでにタイトな労働市場が賃上げ・インフレに火をつけ、今後の景気後退期が厄介なスタグフレーションになるリスクが高まるという。

個々の投資家にとって生産性の話など目に見えない遠い世界の話にすぎないのかもしれない。
しかし、その影響は実質ベースの投資リターンに望ましくない影響を及ぼすことを心にとめておくべきだろう。




山田泰史山田 泰史 横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

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