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米ドル 【書評】貨幣発行自由化論 改訂版
2020年7月6日

『貨幣発行自由化論 改訂版-競争通貨の理論と実行に関する分析』はフリートリヒ・ハイエクの1976年の著書の新たな訳書(2020年4月第1版)。(浜町SCI)


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政府が持てる権力を活用し、それなりの長期にわたってまともな貨幣を供給した例はない。
権力の甚だしい濫用を控えた時期はあったけれども、それは金本位制のような規律に縛られていたときだけである。
このような無責任をこれ以上容認すべきではない。

1974年ノーベル経済学賞を受賞した2年後の著書で展開された主張だ。
やや荒唐無稽かつ攻撃的すぎるように聞こえるかもしれないが、本人は至極真剣。
無責任な政府の貨幣政策を厳しく批判しているが、本書の内容は広角で(意見の相違こそあろうが)極めてまっとうなものとなっている。
フリンジ経済学といわれることもあるオーストリア学派のハイエクだが、決してフリンジといった風ではない。

1970年代といえばインフレの時代だった。
スタグフレーションが吹き荒れ、株式が死んだといわれた時代だ。
今とはずいぶん環境が違うように思われるが、多くの人が抱く心配は似ている。
中央銀行による貨幣供給が不適切なのではないか、あるいは、多すぎるのではないか。
それがインフレを起こしたと批判し、あるいはいつか起こすと心配しているのだ。

貨幣発行の政府独占を廃止するという発想は、過去60年間にわたり世界を苦しめてきた甚だしいインフレとデフレの頻発を防ぎたいという考えから生まれたものである。
しかしいろいろ検討してみると、政府独占の廃止はもっと深い病根にとってもぜひとも必要な治療法であることがわかった。
その病根とは、資本主義につきものの致命的欠陥とされる不況と失業の循環的発生である。

ハイエクが政府・中央銀行以外にも貨幣発行の道を開くべきと主張するのは、当初はインフレ、その反動としてのデフレを問題視したためだった。
しかし、もはやそれだけでなく、もっと幅広い弊害を生んでいると主張する。

インフレによって失業と闘う試みは、単に雇用への影響を先送りするだけだということがおわかりだろう。
雇用を維持すべく貨幣量を増やしてインフレを加速させた末に、物価が耐えがたい水準に達するまで先送りされるわけだ。

この指摘が総合的・定量的に見て正しいかは議論があろう。
しかし、一面においては間違いない真実だ。

この循環の増幅という現象は、金融政策に対する感度が実体経済より高い金融経済において顕著だ。
1987年にはブラックマンデーがあり、その後FRBは金融緩和で経済を長く繁栄させた。
それが一因でドットコム・バブルとその崩壊が起こり、その後FRBは金融緩和で経済を立て直した。
それが一因で住宅バブルとリーマン危機が起こり、その後FRBは金融緩和で経済を立て直した。
その度に金融緩和はエスカレート、あるいはインフレ(比喩)を起こし、今、少なからぬ人たちがより大きなバブル崩壊の可能性に怯えている。

本書を読むと、人間の忘れっぽさや無知を思い知る。
44年前には、政府以外が発行する通貨を共存させようという提案がなされ、1冊の書籍の中でノーベル賞学者によって総合的な検討がなされている。
今、金や暗号資産を喧伝する人たちは、本書を読むべきだ。
彼らのキャッチフレーズがいかに局所の引き延ばしにすぎないかがわかる。
法定通貨に並びたければ実現せねばならないことは多く、結論からいえば、金も(既存の)暗号資産も不可能だろう。

44年前に書かれたことは、一部結果を知る読者を楽しませることになった。
例えば、ハイエクは、貨幣発行の自由化が欧州統一通貨より可能性が高いと書いている。
結果は、通貨ユーロの方がはるかに先に実現した。
賢人でも将来をピタリと予言できるわけではない。
それを咎めるべきではないし、むしろ予言が外れたのがなぜかと考えることの方が有益だろう。

『ケインジアン』の主張が世間に浸透し、インフレはいいものだとされるようになった。
またケインズ経済学は、職業政治家に反論を許さないような格好の論拠を扇動者たちに与えてしまった。
だがインフレが続く中では、次第に統制経済や計画経済をよしとする気運が高まるのではないかと懸念される。

オーストリア学派が宿敵をディスっている。
ケインジアンは困窮する者を救おうという点で尊い考え方だ。
しかし、現実の世界では、ポピュリストや専制君主、愚民政治としての民主主義の政治家らに悪用されてきた。
興味深いのは、ハイエクが、インフレの中で「統制経済や計画経済」へ向かうことを心配している点だ。
現実の世界は1980年代半ば以降ディスインフレの中で「統制経済や計画経済」へ向かっているように見える。
つまり、ケインズ経済学は、経済の内容など関係なく、悪意の政治家らに悪用されてきた可能性が高いのではないか。


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