【書評】デフレの真犯人―脱ROE〔株主資本利益率〕革命で甦る日本

執筆:

北野一氏がJP Morganのストラテジストを務めていた2012年11月に上梓した著書。
虚しくデフレの犯人探しを続けていた日本への回答の提案となっている。(浜町SCI)
(この書評記事は当初2013年に浜町SCIコラムに掲載されたものです。未掲載の書評のうち現在でも有用と思われるものを厳選し再掲しました。)


(amazon)

これは「アベノミクス前」の本だ。
だから、前提となる予想が多くの部分で現在とは異なってきている。
意地悪な言い方をすれば、北野氏の予想のいくつかは外れたと言える。
ただし、この著書が書かれた時期に、現在ほどまでに徹底的な日銀の政策転換を予想する向きはほとんどなかったであろうから、無理もない。
実際、リフレ派にしても、現在の日本経済の情況を見通していた人は少なかろう。

筆者は正しい本を好むわけではない。
わかりやすい本を好みもしない。
筆者が好むのは、考えてくれる機会を与えてくれる本だ。
その意味で、北野氏の著書はどれも一読に値する。

この本は、世間の安易な経済議論を戒めている。
安易に日銀を悪者にしたり、為替や人口動態を原因とする議論を批判している。
では、北野氏は何がデフレの原因と言うのか。

これは以前紹介した著書とほぼ同じと言ってよい。
 グローバル化で企業に要求される資本コストも収斂してきた。
 日本も世界均一の資本コストを要求されている。
 結果、日本企業の国内活動は縮小せざるを得なかった。
というものだ。

政治はGDP、経営は売上高を重視せよ

これは、政治に敷衍すれば
 GNI(=GDP+海外からの所得の受取)ではなくGDPを重視
企業経営に敷衍すれば
 ROE重視ではなくステークホルダー間のバランスを重視
ということになるという。
ざっくり単純化して言うならば、
 日本社会や日本企業が薄利多売を受け入れるならば、もっと日本人の食い扶持は増えるはず
ということだ。
なるほどそうだろう。


一方で、投資家の立場に立てば、この逆のロジックが当然という話になる。
それこそが、ROE革命が歩んで来た道である。
北野氏の主張は、それに180度の方向転換を迫るものだ。
少々この主張は抽象的かも知れない。
北野氏は最後の最後で具体的な提案をしているのだが、それは読んでのお楽しみとしよう。

「薄利で我慢すればもっとやれるのに」という考えは古くから日本にある考え方だ。
国内勢が薄利または赤字でも商売を続けた結果、海外勢の進出を阻んでいる市場も少なくない。
また、日本企業が薄利であることが、日本企業の最大の買収防衛策と揶揄されることも多い。
北野氏はこう書いている:

供給過剰が問題なら「ROE」は役に立つが、需要不足が深刻なら「売上高」を目標にした方がよい。

ただ、凡人にはこの2つの状態の区別が難しい。

さて、北野氏の著書はアイデアの泉だ。
枝葉のところで金言を探してみよう。

米国の失敗で日本はデフレ脱却

日米のインフレ率について、

アメリカのインフレ率 – 日本のインフレ率=約2%

という経験則から

アメリカがインフレ抑制に失敗すると、日本は漁夫の利を得る格好で、デフレ脱却を果たせるのだ

と説いている。
これは、金利やインフレ率において、米国の数値が日本の数値のキャップの効果を及ぼしていることの側面を述べたものだ。
何も、米国が失敗をする必要も無い。
米国が経済回復を果たし、金利やインフレ率が上昇することでも、日本のデフレ脱却にはプラスになる。
北野氏が失敗を仮定するのは、FRBの金融政策、とりわけバーナンキ・プットと揶揄されることもある資産価格の下支えがインフレを招くと予想しているからのようだ。

「日本化」のリスクはどの国に?

日本の20年余りに及ぶ不況を目の当たりにして、米国では「日本化」の恐怖感がぬぐえないという。
しかし、北野氏の視点は米国にはないようだ。

「日本化」の危険性があるのは、欧米ではなく、中国である。
中国が「資本の自由化」に踏み切ったときが、その時である。

なるほど、その通りだろう。
今の中国には「ROE革命」前の日本の趣がある。
とにかくたくさんモノを作って売れば、結果は後からついてくるとの「行け行けどんどん」的な風潮だ。
それは、資本コストというタガがかかったところでストップがかかるのかも知れない。
中国は共産党の支配する資本主義経済だ。
日本以上にドライにブレーキがかかる可能性もある。


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