コチャラコタ:新フィッシャー主義は宗教的な信仰

ナラヤナ・コチャラコタ

Narayana Kocherlakota前ミネアポリス連銀総裁が、「新フィッシャー主義」と呼ばれるインフレ誘導策を批判している。
根拠のない考えと批判し、利上げの主張に反対している。

新フィッシャー主義とは?

本題に入る前に、新フィッシャー主義というレッテルについて予備知識を確認しておこう。
あるBloombergのコラムニストが、金利研究で有名なIrving Fisherにちなんで名づけたものだ。
フィッシャーは、名目金利と実質金利の関係を表すフィッシャー方程式(名目金利=実質金利+期待インフレ率)などで有名だ。

では、新フィッシャー主義とは、どのような考えなのか。
コチャラコタ氏の解説を読もう。

「新フィッシャー主義は、現代経済が自己安定的なものであるとする。
特に、金融政策のいかんによらず、実質金利(人や企業の借入・支出に影響する金利)は、結局は経済が均衡するように調整すると考える。」

市場は本来調和を保とうとする性質がある、こうした考えは多くの人が認めるところだろうし、奇異なものではない。

利上げすればインフレが上昇する??

しかし、新フィッシャー主義の場合、フィッシャー方程式に着目して不思議な政策提言を引き出すのだという。
コチャラコタ氏は、長期均衡実質金利を2%と仮定して、新フィッシャー主義の奇異さを説明する。

「新フィッシャー主義では、FRBが名目金利を0.5%に長く据え置きすぎると、人々のインフレ予想はマイナスになると予想する。
-1.5%となり、実質金利は巡り巡って2%になるという。
逆に、FRBが名目金利を4%に引き上げ継続すると、インフレ期待は2%になるという。
こうした期待は自己実現的であるので、結果はFRBが生み出したいインフレと正確に一致するという。」

インフレ誘導のためには利下げをするのが伝統的な金融政策なのに、新フィッシャー主義では利上げしろというのである。
なるほど、これは奇妙だ。

コチャラコタ氏の反証

コチャラコタ氏は、新フィッシャー主義が誤りであると主張する。
下図は、ブレークイーブン・インフレ率のインプライド・フォワード・レート(5年後から5年間のBEI)(緑)と実効FF金利(赤)である。
BEIは市場のインフレ期待の実測値の一つだ。

FF金利と5年後5年ものブレークイーブン・インフレ率
(注: コチャラコタ氏の出典とは異なっており、グラフにも差が見られるが、議論に大きな影響はない。)

コチャラコタ氏は2点を挙げる:

  • FF金利の変化に比して、BEIは安定している
  • 最近のわずかなFF金利上昇でも、BEIは上昇していない

なるほど、この指摘はいずれも正しい。

コチャラコタ氏のバイアスをチェック

しかし、気をつけなければいけない。
コチャラコタ氏はFRB時代、ハト派の最右翼(最左翼?)だった人物。
明らかにこのテーマに対してバイアスがかかっている。

コチャラコタ氏の議論の欠点の一つは、金利の指標として長期金利ではなく実効FF金利を用いている点であろう。

  • 長期均衡金利と名目金利の関係を議論するなら、長期金利を用いてもよいはず。
  • ゼロ金利政策下では、FF金利の動きに意味があるかどうか疑問。
  • QEが効果を発揮した一つの理由は、短期だけでなく長期の金利を押し下げたこと。

こう考えると、必然的に米10年債利回り(青)を並べてみたくなるはずだ。

FF金利と5年後5年ブレークイーブン・インフレ率と米10年債利回り

ずいぶんと印象が変わったのではないか。
すくなくとも、コチャラコタ氏の挙げた2つの観察は長期金利との関係では成立しないことがわかる。

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