クルーグマン教授:財政赤字反対派はどこかに行ってくれ

ポール・クルーグマン

ポール・クルーグマン教授が、米財政悪化を心配する声に対し、お得意の不遜な批判を展開している。
金融・財政政策ともにハト派の代表格である教授は、財政問題について今選択すべきことはないと書いている。

世界的に金融政策の限界が感じられるようになり、他の施策が求められている。
正論を語るなら構造改革による生産性の向上という話だろうが、これは相当に時間のかかる施策だ。
そうなれば、財政政策、とりわけ構造改革につながるような財政出動が望まれてくる。
その流れに一番逆らっているのがドイツと米国だろう。
しかし、一翼である米国も、大統領選の両候補が財政拡大を表明するなど、財政拡大に動く見込みだ。

実際、米国については、そもそも《小さな政府》を追求しており、さらに放漫財政への歯止めが強いなど、日欧と比べれば緊縮的ともいえる財政運営が続いていた。
今回の大統領選でも、財政拡大が確実視されるようになると、米政府の財政悪化を危惧する財政面のタカ派の声が大きくなる。
クルーグマン教授はNY Timesのコラムで、財政赤字反対論を2つのレベルで誤解を与えるものと批判している:

  • 反対派が提起する問題は、反対派が主張するよりはるかに重要性に乏しい問題である
  • (財政問題に)早急に取り組むべきとの主張は支離滅裂だ

クルーグマン教授は財政赤字反対派に対し、次のようなメッセージを書いている:

「確かに、私たちは今から20-30年のうちに難しい選択を迫られることになるかもしれない。
しかし、そうならないかもしれない。
いずれにせよ、今下さなければならない選択はないのだ。
一方、私たちが話しているように、現在本当に恐ろしいことが起こっている。
それには、今取り組まなければいけないのに、そうしていない。
あなたたちが人々に恐怖を植え付けることで、人々は本当の問題から目を逸らしてしまう。
よって、謹んでお願いしたい。
どこかに行ってくれ。」

いつものように感傷的な主張であり、クルーグマン教授の言葉自体を議論する価値はなかろう。
ここでは、2点を問題提起したい。

  • 足元の経済の危機と将来の財政危機のいずれが重大なのか
    足元の経済の危機の方が重大ならクルーグマン教授が正しいことになるし、そうでないなら財政赤字反対派が正しいことになる。
    残念ながら、私たちはどちらが正しいかを正確に測定する経済モデルを持ちえていない。
    これは、日本のケースに置き換えても同じことである。
     
  • 危機論・終末論をどう受け止めるべきなのか
    一貫して危機論を唱える弱気派がいる。
    こういう人は9年外して1年当たるような生活をしているのだろうから、耳を貸す価値は低い。
    せいぜいあって、リスク要因がどこにあるのかを拾う場合だ。
    問題は、いつもは危機論を言わないのに、突如唱えて当ててしまうタイプの人がいることだ。
    ビギナーズ・ラックなのか、才能なのか。
    私たちは、それさえわからないのだ。