クルーグマン教授を待ち受ける真剣勝負

ポール・クルーグマン

ポール・クルーグマン教授が、経済政策の「渋滞」について書いている。
欧米は政治的要因から経済政策が遅れていたとし、米国には渋滞を脱する兆しが見えるという。

クルーグマン教授は自身のブログで、論争や制度が経済政策の「渋滞」を引き起こすと書いている。
なかでも、欧米は政治的「渋滞」が財政政策を麻痺させ、中央銀行にすべてを押し付けてきたという。

「米国では、下院共和党が武器以外の支出を邪魔する。
ジカ・ウィルス対策にでさえ予算を割かない!
欧州では、ドイツの行動なしには何の財政政策も動かない。
ドイツは、自己満足に浸っており、自分の知的ユニバースでのみしか生きられない。」

早くから流動性の罠を指摘し、財政政策の必要性を唱えてきたクルーグマン教授らしい批判である。
長い間をいらだちとともに過ごしてきた教授にも変化が訪れそうだ。

「問題なのは、知的論争においては積極財政派が勝ちを収めつつあるのに、制度面ではマクロ経済の渋滞が居座りそうなことだ。
米国では、民主党が渋滞を打破すべく大勝利(=トランプ氏の好きな言葉)するだろう。
欧州では何が解決のきっかけになるかわからない。」

欧州の先行きが暗いことは容易に推測できる。
では、クルーグマン教授の思うように変化すれば、米国は力強く立ち直るのであろうか。
それとも、教授には、再び言い訳を考える日々が訪れるのだろうか。

もっと興味深いのは、日本についての言及だ。

「日本は面白いケースだ。
日本は別のことに苦しむことはあっても、欧米のような渋滞に直面することはなかった。
私が好きなようなきれいな話ではない。
安倍首相は《とても真剣な人たち》(クルーグマン教授の好む蔑称)に説得され、当初緊縮財政をとり、重荷をすべて黒田総裁に負わせた。
しかし、1990年代以来の長期間で見れば、日本は実は財政赤字による歳出と比較的慎重な金融政策の組み合わせを実施してきた。」

問題は、日本がかくも膨大な政府債務を抱えるまで財政政策を続けてきた事実だ。
この間、波こそあれ、伝統的金融政策に努め、量的緩和も実施してきた。
こうした組み合わせを実行してきたにもかかわらず、日本経済は日本が満足するほどの回復を遂げていない。
やり方が悪かっただけなのか。
金融・財政政策の組み合わせでも、乗り越えられない停滞があるのではないか。
あるいは、経済を図る尺度がそもそもずれているのではないか。

米国の政治に変化が訪れれば、こうした疑問に対する答が見えてくるかもしれない。
いずれにしても危険な賭けだ。
拡張的な金融・財政政策の組み合わせは、犠牲にするものも大きい。
切にハッピー・エンドを祈りたい。
しかし、それが見えなければ、清算の時に身構えることになろう。