【輪郭】実現しない期待、自己実現する期待

日本銀行券

ECBが18日公表した7月理事会の議事要旨に興味深い一節があった。
そこには、9月に「総括的な検証」を行う日銀が抱える矛盾が如実に表れていた。(浜町SCI)

議事要旨からは、中央銀行が市場の期待を制御できていない様子が伺われる。

「理事会には、その使命のためのすべての手段を用いて、目的を達成するのに必要な場合、行動する能力・用意がある点を繰り返し述べる必要があるとの考えが、全体として広く共有された。
その際、将来の金融政策の経路について、過度の期待を助長してはいけない。」

1文目は日本でもお馴染みのトーンの話だ。
問題は2文目である。
ECBは過度の期待を醸成してしまうのを恐れている。
まさに、ミイラ取りがミイラになったのである。

そもそもリフレ政策とは、中央銀行がインフレ目標を設定し市場に信じさせることで実際にそうした結果が得られるという魔法のような手法だった。
かくして、同政策は赫々たる成果を上げ、日米欧で見れば1勝2敗の成績である。
いや、高々25ベーシスの利上げさえ躊躇するFRBだから、2敗1引き分けだろうか。

問題なのは、ミイラ取りがミイラになったことだ。
そもそもは、中央銀行がインフレ目標を設け、市場の期待に働きかけるという話だった。
ところが、今では、市場が追加緩和期待を抱き、中央銀行を従わせている。
中央銀行は期待によって市場を操ることができないのに、市場は中央銀行を操ることができるのだ。
この差は何なのだろう。

  • 一つは期待の対象の差だろう。
    インフレは最後は天が決める現象だが、金融政策は人が決めるものだ。
    天は泰然自若として動かないが、人は自分の都合で右往左往する。
    やはり、そもそもインフレとは期待だけで動かせるものではなかったのかもしれない。
  • もう一つは(リフレ派はこちらを主張するだろうが)ターゲットを信じさせることができていたかの違いだ。
    そもそもインフレ目標が市場から信じられていなかったのではないか。
    一方、追加緩和期待の方は、実際に市場に織り込んでしまうことによって説得力のある命題となっている。
    もはや、中央銀行は隷属するしかない。

インフレ目標の達成が信じられていなかったのは事実だ。
異次元緩和スタート時から「2年で2%」は困難との見方が多かった。
なにしろ2%というのはバブル期以来ないのだから、そもそもが相当に高いハードルだったのだ。
そして、当たり前のことが起こった。

さて、ミイラがミイラ取りに戻るにはどうすればいいだろう。
2つ考えられよう:

  • インフレ目標を柔軟化することで、市場の追加緩和期待を和らげる。
    目標達成を中長期化すれば、すぐさま追加緩和を行う理由は薄れる。
    市場が毎回追加緩和を催促する流れが断ち切れる。
  • 日銀とはコミットした目標を実現できなくてもなんとも思わない組織であると印象付ける。
    誰も目標自体を信じなくなるので、追加緩和の方も期待しなくなる。
    この場合、市場の期待に働きかけなくなるので、偶然を除いてインフレ目標は達成されない。

日銀は9月に、目標の早期実現のための「総括的な検証」を予定している。
ところが、実現のための選択肢は前者であって、この場合は実現時期がずれ込むことを認めることになる。
次は、どんな詭弁・詭道が飛び出すのだろう。


山田泰史山田 泰史
横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属
東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科化学専攻修了 理学修士、ミシガン大学ビジネス・スクール修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員


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