【書評】 金融政策の「誤解」 – “壮大な実験”の成果と限界

早川英男

元日銀理事の早川英男氏による金融政策についての解説と論考。
今年出版された経済書の中で最良ではないかと思うほどの良書だ。

金融政策本の決定版

極めて正統的な観点・手法で日本の金融政策を見直している。
わかったつもりであったものが思い違いであったり、自分の知らなかった側面・歴史を持っていたり、教えてくれることしきり。
専門的ではあるが、文章は平易、流れるように書かれていて読みやすい。

9月の日銀による「総括的な検証」の前、7月の出版。
本書のすごいところは、「総括的な検証」で検証された点を網羅しつくしていること。
あたかも、日銀は本書を元に「総括的な検証」を行ったがごときである。
長く日銀でエコノミストの道を歩んだ早川氏の認識・考えは、日銀政策委員はどうかわからないが、日銀内のエコノミストたちの間で深く共有されているのであろう。

語彙集: ワラス中立性

この本にはいくつかの楽しみ方がある。
本来の楽しみの前に2つ、マニアックな楽しみ方を紹介しよう。
1つ目は語彙集としての楽しみ方だ。

この本には、必要に迫られてか、様々な経済用語が出てくる。
いろいろな考察をめぐらす時の節々を構成するような用語だ。
さまざまな用語についてさりげなく説明・解説されている。
こうしたくだりを読むだけで改めて勉強になる。
エコノミストという仕事は、ワードとそれにまつわるディベートを頭の中に整理していくプロセスが前提なのだなと痛感させられる。
一つだけ、本書からマニアックな例を挙げておこう。

「ワラス中立性」: 1981年、ミネソタ大学・ミネアポリス連銀の代表的なマネタリストの一人であったNeil Wallaceが「公開市場操作にもモディリアニ=ミラーの定理(MM定理)が成立することを証明した」ものだ。
金融政策にMM理論が成立すると、こんな推論が成立してしまう:

「たとえば、中央銀行が長期国債を大量に購入して、長期金利を将来予想される短期金利の平均より押し下げようとしたと想定しよう。
その場合、資本市場が完全であれば、民間主体は長期債務を発行して短期債に投資することで利益を得ることができる。
こうした裁定行動の結果、中央銀行による長期債購入の効果が中立化されてしまうのである。」

早川氏は、ワラス中立性をリフレ派やマネタリズムの誤りを「純粋理論的」に示したものとして引いている。
もちろん、完全市場の仮定などは現実的ではなく、純粋期待から踏み出した領域での反論材料とはしていない。
しかし、理論と現実の両面に目配せすることはまっとうなことだし、読者の側からしても学び楽しめるものだと思う。

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