熊野英生氏:疑心暗鬼とリスク・プレミアム

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第一生命経済研究所 熊野英生氏が大衆迎合に走る政治を嘆いている。
このまま財政悪化を放置すれば、いつか市場の疑心暗鬼がリスク・プレミアムを拡大させかねないと懸念した。

「まだ2017年秋なのに、早々と2020年度の期限を後ろにずらそうとすることを非常に悔しく思う。」

熊野氏はReutersへの寄稿で、衆議院議員選挙を控えた各党の公約を前に嘆いている。
政権を維持すると予想される安倍首相は、2020年のプライマリー・バランス黒字化を延期し、2019年10月に予定する2%消費増税のうち2兆円の用途を債務返済から教育無償化等に変更すると公約している。
2020年東京オリンピックの特需が見込める時期は財政再建の好機だったのにと熊野氏は残念がる。

「五輪効果が見込めたとしても、そこで財政出動をしてしまうと、必ず五輪が終ってから景気に反動が表れる。」

特需と財政出動で景気を支えれば、しばらく政権の支持率を下支えできるかもしれないが、それがなくなった時に大きな反動がやってくるとの焦りだ。
実際のところ、オリンピック特需の反動はオリンピックの年の直前にやってくるのかもしれない。
2020年に特需が終わることを誰もが知っているのだから、その直前になれば冬の時代に備えようとしてもおかしくない。
ところが、安倍政権は消費増税をだらだらと2019年の第4四半期まで後倒ししてしまった。
もしかしたら特需のピーク・アウトと消費増税が重なってしまうかもしれない。
財政にだらしない安倍政権からすれば、このタイミングで増税して借金を返すという選択肢は初めからなかったようにも思えてくる。
熊野氏も遠目に見て、今回の用途変更をこう評する。

「消費増税分の使途変更というよりも、それ以前にPB赤字幅の縮小がうまく進められなかったという理解が正しいと思う。」

日本政府が通常の意味で借金を返済する、あるいは、現状の債務を持続しうる可能性はどんどん低下している。
インフレにより減価させ持続可能にするという方法は残っているが、それは詭弁でしかない。
インフレ税により財政を維持する方法であり、結局は通貨の保有者たる国民につけを回すやり方でしかない。
課税される人に偏りの大きい、安倍首相お得意の「税こそ民主主義」に逆行するやり方だ。
民間のエコノミストの多くは、口にするか否かは別として、こうした点を知り尽くしている。
ある者は反対意見を述べ、ある者は口をつぐんで金儲けの話(株価の上昇期待など)にすり替える。

熊野氏は保険会社系シンクタンクらしいたとえ話をする。

「自動車でも飛行機でも事故が起こったときは厳しく責任が追及される。
メーカーや事業者は、事故の兆候があったかどうかなどを論じるまでもなく、事後的な責任をとらなくてはいけない。無過失責任が問われる。
・・・
財政リスクなど単なるフィクションにすぎないという見解は根強くあり、現在でも相当の求心力を持つ。
ただし、そうした見解に便乗して財政再建を放棄した後で、財政リスクが顕在化したときには、オピニオンリーダーたちは何の責任もとらないだろう。

この無責任な財政運営に加担する政治家・官僚・識者たちに(不適切であることを理解しながらも)《パフォーマンス・ボンドを積め》と言いたい人は少なくないだろう。
「財政リスクなど単なるフィクションにすぎないという見解」はありえなくはない。
それが純粋に学問的・理論的な見解であれば、そうした見解もあってよい。
しかし、それが一たび社会に対して何らかの影響を及ぼすとなったなら、見解を示す者のその影響に対する責任はゼロとは言えまい。
財政リスク発現の可能性ゼロという見解は、そこから利権を得たいと願うバラマキ論者に常に悪用されてきた。
一番の問題点は確率現象だ。
財政リスク発現の確率がゼロであるなど、いったい誰が証明できようか。
熊野氏は現状発現確率を正確に計測する手段が見当たらない点を心配する。

「もしも、財政リスクを映す鏡がなく、どんどんリスクが高まる出来事が起これば、リスクは突然に襲ってくる。
そのときは、投資家の疑心暗鬼がリスクプレミアムとして加わる。」

リスク・プレミアムは利払い負担増を通してインフレに転嫁するかもしれない。
円の名目金利が抑制されたまま、そのうちのリスク・プレミアムやインフレの部分が大きくなれば、実質金利を圧迫するだろう。
(金利が抑制されなければ、金利急騰によりスタグフレーションの懸念が高まる。)
内外投資家が円資産を保有しようというインセンティブは薄れ、不愉快な円安・インフレが訪れることになるのではないか。