河野龍太郎氏:ニュー・ディール当時と違うトコロ

BNPパリバの河野龍太郎氏がReutersに寄せたコラムで、もはやエコノミストの枠を大きく超え、思想家としての分析・見解を述べている。
長文のコラムにはポピュリズム台頭に関する示唆に富んだ命題がぎっしりと詰まっており、いくつか慧眼を感じさせる箇所を紹介したい。

野獣を野に放つ

商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。お買い物される際には、必ず商品ページの情報を確認いただきますようお願いいたします。また商品ページが削除された場合は、「最新の情報が表示できませんでした」と表示されます。 「興味深いのは、米国でヒト、モノの移動への規制が謳われている一方、カネについては規制の再緩和が検討されている点である。
大統領選挙で掲げられた反ウォール街的スタンスは影を潜めているが、そうした組み合わせは、一体、どのような社会をもたらすのだろう。
実体経済あっての金融業であるべきだが、保護主義の下で産業資本は育たず、一方で金融資本を野に放つということは、資本市場をカジノ化させるということなのだろうか。」

自由世界のリーダーであったはずの米国が、ヒト、モノ、カネの3資源のうち実に2つについて自由を奪おうとしている。
一方で、賛否両論のあるボルカー規制など金融規制については廃止・緩和を示唆している。
トランプ次期政権は、不動産屋・株屋・金貸しで埋まりつつある。
これが金融経済をいびつにするとの懸念はもっとものことだ。

他人事ではない

しかし、この話、対岸の火事と笑ってはいられない。
河野氏は別の箇所でこうも書いている。

「(ポピュリスト政治家は)グローバリゼーションによって人々が豊かではなくなったという仮説を掲げ(問題発見)、グローバリゼーションの流れを反転させることで人々を再び豊かするという方策を新たに見いだしたのである(問題解決)。
『グローバリゼーション』という言葉を『デフレ』に置き換えれば、日本で起こったことも容易に理解できる。」

言われるままにグローバリゼーションをデフレに置き換えてみよう。

《ポピュリスト政治家は、デフレによって人々が豊かではなくなったという仮説を掲げ、デフレの流れを反転させることで人々を再び豊かするという方策を新たに見いだしたのである。》

河野氏が危惧しているポピュリズムは欧米だけではない。
むしろ一番心配しているのはポピュリズムが一足早く台頭した日本なのである。

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