加藤出氏:インフォームド・コンセントを知らない日銀

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東短リサーチの加藤出氏が、日銀の説明責任を厳しく問うている。
日銀は、異次元緩和の出口について真摯に国民に説明すべきという。

商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。お買い物される際には、必ず商品ページの情報を確認いただきますようお願いいたします。また商品ページが削除された場合は、「最新の情報が表示できませんでした」と表示されます。 事の始まりは先月末の日銀金融政策決定会合後の黒田総裁の会見だ。
Bloombergの日本人記者が、異次元緩和の出口をどう展望しているのか黒田総裁に尋ねたのだ。
記者は、日銀OBなどから出されている、緩和の出口で日銀に大きな損失が発生するなどの分析を紹介、見解を問うた。
黒田総裁は、「ここは演説をする場ではない」と質問を退け、従来からの「出口の議論は時期尚早」との見解を繰り返した。

加藤氏は週刊ダイヤモンドへの寄稿で、日銀の異次元緩和を医師が患者に飲ませる薬に喩え、日銀の姿勢を厳しく批判している。
加藤氏は、日銀(医師)が国民(患者)にこう強弁しているという:

「まだ治療の道半ばです。
副作用のことを考えるのは時期尚早です。」

この医師はよほどの自信があるのか、それとも本当にわからないのか。
ただ一つ言えるのは、都合が悪くなれば少なくとも医師には出口が用意されているのだ。
医師には任期の定めがあり、その期間はあと1年2か月ほどでいったん満了する。

筆者は自他ともに認める日銀びいきなので、日銀の肩を持ってあげたいと思う。
しかし、加藤氏の非難は実にまっとうなものだ。
事ここに及んでは、「時期尚早」で逃げることに理はほとんどない。

異次元緩和の初期には、出口の展望を明かさないことには一定の理があった。
量的緩和政策は人々の期待による部分が大きく、出口を明示することが政策の効果を損なう可能性があった。
しかし、昨年9月、日銀は「総括的な検証」を行い、マネタリー・ベース目標を後退させ、金融調節の柱を金利に戻している。
非伝統的政策ではあるが、量を目的とする政策から金利を目的とする政策に回帰したのである。

依然、将来の不確定要素は多いが、それでも量についての期待をことさらに気にする必要はなくなったように思う。
(むろん、間接的に気にする必要はあろうが。)
とうの昔に、市場は、マネタリー・ベースと物価上昇率を単純に結びつけて考えるべきでないと学んだはずだ。
そうだとすれば、量の撤退作戦(テイパリングやバランスシート縮小)について説明を始めてしかるべきではないか。
「時期尚早」はもはや理をうしなった。

いや、唯一出口の議論を先送りする必要性が残っていた。
社会や組織にとっての必要性ではなく、個人にとっての必要性だ。
それが理由でないことを祈りたい。
「総括的な検証」は、立派な自己批判だった。
だからこそ社会はある種の責任逃れを許容したのだ。
日銀は過去の「検証」を超えて、将来待ち構える出口にも正直になるべきだ。
国民がフォワード・ルッキングじゃなかったと言い訳した人たちが、フォワード・ルッキングじゃなければ笑えないでしょう。