国内経済 書評

【書評】 金融政策の「誤解」 – “壮大な実験”の成果と限界
2016年10月29日

デフレ主犯説への疑問

自民党が政権をとり、黒田総裁の就任が決まった時、政治的には《日本経済停滞の主犯はデフレにある》という決着を見た。
しかし、その一応の決着は今、揺らいでいる。
政府がデフレ脱却を高らかに宣言してからだいぶたっても、日本経済が停滞から脱したとは言い難い。
だからこそ、日銀は強力な金融緩和を続けている。
デフレが終われば経済はよくなるといった票稼ぎのための主張はやはりまやかしであった。

早川氏は、異次元緩和に一定の成果があったとしながら、デフレ主犯説には同調しない。

「デフレと名目金利のゼロ制約によって実質金利が必要以上に上昇してしまうと、需要の抑制要因となりうるという、リフレ派の論理そのものは基本的に正しいと考えられる。
しかし、だからといって、これまでの日本経済の長期低迷が「主に」デフレに起因するものだったとは限らないし、デフレが終わることでどれだけ成長率が高まるのかは別問題である。」


経済成長を抑圧することでデフレ脱却

それどころか、デフレ脱却の要因は異次元緩和ではなく、異次元緩和が実施されていく一方で停滞を続ける経済にあったのではないかと示唆している。

「アベノミクスないしQQEの下でも経済成長率は目立って高まらなかったが、高齢化に伴う生産年齢人口の減少や労働生産性の低下によって潜在成長率が下がり、結果として需給ギャップはほぼ解消したことを確認した。
だとすると、デフレ脱却の実現は潜在成長率の低下という、日本経済にとっては不都合な真実のおかげということにならないだろうか。
これは、QQEの成果に対する極めて深刻な議論となろう。」

つまり、供給サイドの拡大が乏しく日本経済の実力が伸びなかったため、小さなパイの拡大でも満腹でいられたのではないかという説明だ。
しかも、実力が伸びなかった一因として、金融緩和が考えられるという。
早川氏はBISのエコノミストらの2015年の研究を2つ紹介している。

  • 「物価下落という意味でのデフレが実体経済に及ぼす影響は、両大戦間の大恐慌の時期を除けば、言われるほどに大きくはなかった。
    その一方で、資産バブル崩壊の結果としての資産デフレこそが経済成長に大きな悪影響を及ぼした」
  • 「低金利の長期化の下での信用ブームは、本来生産性が高いとはいえない建設部門への労働力の集中といった資源配分の歪みを通じて、潜在成長率を押し下げる」

早川氏の仮説が正しいとすると、異次元緩和がやったことはこういうことになる。

  • 異次元緩和が日本経済の供給力拡大の勢いを削いだ。
  • 供給サイドの低迷から、日本の潜在成長率は低下した。
  • 供給力が伸びないから、わずかな需要拡大でも需給ギャップは縮小した。

これが主たる道筋であったかどうかはわからないが、そうした要因も働いたであろう点は重大だ。

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